東日本大震災

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400年前にも津波 相馬中村開府の年、資料に記述 400年祭は中止

市民会館の建設予定地では自衛隊が野営している

 「相馬中村開府四百年祭記念行事」が行われる予定だった相馬市。今から400年前の慶長16(1611)年にも津波が東北地方を襲ったことを裏付ける資料がある。
 相馬家17代・利胤(としたね)が、相馬中村藩内北部の一拠点だった中村(相馬市)に城を築き、小高城(南相馬市)から居城を移した年で、相馬中村藩の歴史をつづった「相馬藩世紀」には相馬中村藩の領内(現在の相馬、南相馬、浪江、双葉、大熊、飯舘の各市町村)で約700人が津波で死亡したとある。
 仙台藩の歴史が記されている「伊達氏治家記録」にも仙台藩の領内で津波で1783人が死亡し、牛馬85頭が死んだという記録が残っている。
 四百年祭で記念講演する予定だった日本経済史が専門で、元東北学院大教授の岩本由輝さん(74)=相馬市=によると、400年前の津波の後、相馬中村藩は城を軸に城下を整備する都市計画を進め、商工業の振興を促したという。
 岩本さんは「相馬中村藩の取り組みは、今後の震災復興の参考になるのではないか」とした上で、「今回は原発事故の影響も考慮しなければならないが、農業、漁業の基盤整備、住宅再建時の場所の選定、工場の誘致条件の見直しなど、官民一体のまちづくりが復興の鍵を握っている」と話している。
 相馬中村開府四百年祭記念行事は16日に行われる予定だったが、中止となった。
 騎馬武者の行列や、武者が海から塩水をくむ「潮垢離」(しおごり)の会場となっていた尾浜・原釜地区は津波で多くの住宅が流され、行方不明者の捜索やがれきの撤去作業が続いている。
 講演やパネルディスカッションの会場だった市民会館と、野だてを行うはずだった相馬神社には全国から届いた救援物資が積まれている。新しい市民会館の建設予定地には復興支援に当たる自衛隊が野営している。

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