東日本大震災

「連載・原発崩壊」アーカイブ

  • Check

フクシマからの報告3(1)付きまとう風評 「福島製」に厳しい査定

放射線量の測定作業。放射性物質への不安は製品にも広がっている=県ハイテクプラザ

 東京電力福島第一原発の事故発生から11日で3カ月となる。爆発によって拡散した放射性物質の影響は工業製品や観光分野にまで及んでいる。原発は予断を許さない状況が続き、県内の商工業者や観光業者は、経験したことのない苦境に立たされている。あらゆる分野で風評被害と向き合う本県の今を追う。

 郡山市の県ハイテクプラザは連日、工業製品を手にした製造業者の姿が絶えない。福島第一原発の事故以来、県内の企業には取引先から「放射性物質の有無を証明してほしい」との要望が相次いでいる。
 検査員の西村将志は、持ち込まれた電子部品に測定器を近づけ、なでるようにゆっくりと動かす。「福島というだけで白い目で見られる企業の話を聞くとやるせない」
 電子部品は気密性が高い工場で生産され、放射線量測定器の針が大きく振れることは、ほとんどない。放射線が検出されず、取引を継続できた企業がある一方、契約を打ち切られる業者も出ている。原発事故で拡散した放射性物質への不安は、農作物だけでなく二次産業の製品にまで広がっている。

 相馬市北部にある精密機器組立・加工を手掛けるアリーナ。社長の高山慎也(45)は震災が起きた3月11日、電子基板組み立ての契約交渉が進んでいた首都圏の大手企業に一通のメールを送った。「震災の影響で生産体制が整いません。全力で復旧に当たっています」
 「月約1000万円の契約、5月の生産開始」。交渉先の要望に応え、3月中旬に正式契約となる見通しだった。震災直後の機械修理、部品調達など再開のめどが立たない状況を乗り越え、10日間で復旧にこぎ着けた。
 4月上旬、交渉先が他社から見積もりを取り、比較していることを知った。降って湧いた話に困惑したが、技術には自信があった。高山は営業担当社員からの報告が気になった。「工場が相馬にありますね」。交渉先の担当者は社員に、こう告げていた。程なく交渉は立ち消えになった。
 「放射線への不安があったのか」。原発から46キロ離れ、市内の空間放射線量は毎時0・4マイクロシーベルトほど。原発事故による避難区域にも該当していない。線量計を購入し、資材の搬入路を測定すると毎時0・2マイクロシーベルトだった。考えたこともない風評が立ちふさがった。
 高山は交渉先の心情も察する。「リスクを回避するため、原発近くの企業と取引を控えたいというのも分かる」。原発事故を起こした東京電力への怒り、工場が原発近くにある現実...。むなしさを募らせる。

 川俣町山木屋地区は年間の積算放射線量が20ミリシーベルトに達する恐れがあり、計画的避難区域に設定された。その区域内に縫製業フクシマ・フロンティア・ヒグチの第2工場がある。政府から特例として事業継続の許可を受けた5月17日、副社長の春日賢(69)は操業に踏み切るか迷っていた。
 工場内の空間放射線量は毎時0・3マイクロシーベルト程度で、製品の安全性を取引先に訴えてきた。「衣類は肌に触れるので、計画的避難区域外で製造してほしい」。東京の営業部門には小売店などから不安の声が寄せられ、日を追うごとに増えていった。
 第2工場と町内の区域外の工場を合わせた年商は約2億円。特殊な刺しゅう機械を持つ第2工場は、その3割強を担っていた。「人体に影響が出るような放射性物質が製品に付着するなんてあり得ない。国の許可は安全の証しにならないのか」。2日後、春日と本社上層部は工場の閉鎖を決断した。「続けても注文が来なければ意味がない」
 こうした本県の製造業を取り巻く状況に、首都圏の服飾専門店の責任者は重い口を開いた。「消費者が、福島の商品をどう思うかが全て。原発事故や放射性物質を連想させる商品は正直、扱いにくい」
 川俣町現地政府対策室の岡弘茂は「避難区域内の操業許可は従業員の健康を考えて決めている。生産される製品の安全性まで責任を持つのは難しい」と明かす。春日は事故から3カ月がたつ今も放射性物質、放射線の情報が錯綜(さくそう)していることや、国が工業製品の安全性について明確な基準を示していないことを挙げ、憤りを隠さない。「国の見解が揺れ、国民は混乱している。それが風評を助長しているんだ」(文中敬称略)

カテゴリー:連載・原発崩壊

「連載・原発崩壊」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧