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フクシマからの報告3(2)瀬戸際会津の観光 安全メッセージ届かず

入り込み客の減少で、利用者が例年より激減した鶴ケ城の駐車場=11日午後

 会津若松市の鶴ケ城周辺は5月から6月にかけ、大勢の小、中学生が訪れる。福島第一原発から約100キロ離れた観光のマチは今年、様子が一変した。本格的な修学旅行シーズンを迎えているのにもかかわらず、往来する子どもの姿はまばらだ。
 「安全な放射線量と言われても保護者の同意は得られない。線量が比較的高い郡山市などを通過することにも心配する声が出た」。千葉県銚子市の中学校の担当者は保護者に不安が広がっている現状を明かした。毎年、訪れていた会津地方から長野県に修学旅行先を変更した。
 小、中学校、高校合わせて年間、1000校余が訪れる鶴ケ城。城下町の文化を学ぶ教育旅行の適地として全国有数の知名度を誇る。「放射性物質の危険がある地域だと思われているのか」。城を管理運営する市観光公社事務局長の横山一郎は入り込み状況を記した書類を見つめ、表情を曇らせた。昨年度は5月末までに約200校が訪れた。今年度の書類には5月25日までの欄に、32校の実績が記入されているだけだった。
 鶴ケ城は今年、天守閣を赤瓦にふき替え、話題を呼んでいた。市観光公社は4月から3カ月間で、前年より2万6000人ほど多い6万人の団体旅行を見込んでいる。到底、達成できない状況に、市内のさまざまな業者があえいでいる。
 「これじゃ観光産業が沈没しちまう」。会津若松市の新栄食品社長の渋川善彦(54)は事務室から観光客の姿がない市街地に目をやった。
 食品を扱う土産品卸業では市内最大規模で年商は約4億円。その4分の1を4、5月の修学旅行シーズンで売り上げていた。今年は鶴ケ城の改装にちなみ、赤瓦をかたどった菓子を商品化し、売上増を目指していた。
 原発事故が起き、土産品店からの注文はぴたりと止まった。4、5月の売上は前年の3割に落ちた。「原発が会津にまで影響するとは思わなかった。これ以上続けば経営は立ち行かない」。仕入れ代金の支払いなどを工面するため、従業員7人の勤務時間を調整し、人件費を削るしか道はなかった。
 「地元が安全性をアピールするだけでは風評被害は改善しない。一刻も早く事故を収束させてくれ」。父親から店を引き継ぎ23年目。渋川は経験したことのない危機に、活路を見いだせていない。
 「土産品業界は氷山の一角。観光産業は裾野が広く、あらゆる業種に影響が出ている」。市観光課長の渡部啓二は市内の現状を分析する。会津地方に観光客を運ぶ交通産業はキャンセルの嵐に泣く。
 会津鉄道社長の大石直(66)は8月末までの予約データを調べ、ため息を漏らした。「団体の予約541件のうち、455件、2万2200人分が消えた」。11日までの利用は5件にとどまる。原発事故の収束が見えず、団体利用に明るい兆しはない。旅行業界大手の担当者も「福島は危険だとの意識が県外には根強いのではないか」との見方を示す。
 「運行は全く問題がないのに、風評には太刀打ちできない。イベント、会議、スポーツ...。何でもいいから打開策を示してほしい」。大石は観光客が会津を訪れるような、きっかけづくりを行政に求める。
 市は4月から市内8カ所で週1回、18カ所で月1回、環境放射線量を調査している。線量は毎時0.15マイクロシーベルトほどで推移し、放射線の専門家から「健康への影響はない」との助言を受けた。出荷される野菜からも、ほとんど放射性物質は検出されず、市は独自に地域の安全性をアピールしている。
 4日、会津若松市内で観光庁長官の溝畑宏は、市を国際観光戦略拠点に選定することに前向きな見解を示した。被災した観光地を元気づけるため、会津鶴ケ城歴史ウオークの出発式に出向いた。「観光地復興のシンボルになってほしい」
 「会津離れ」に歯止めがかからず、観光業者は存亡の瀬戸際に立つ。溝畑は安全の「お墨付き」を出し、国内外に会津をアピールすることに観光再生の道を探る。(文中敬称略)

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