東日本大震災

「連載・原発大難」アーカイブ

  • Check

放射線との戦い(9) 暫定基準値って何 評価以前の設定に不安

南相馬市からの肉用牛の出荷は止まったまま。「少しなら心配ない」と言われても消費者の不安は消えない

       食品の暫定基準値はなぜ「暫定」なのか。
 福島市鎌田の主婦(43)は心の中に割り切れない疑問を抱えながら日々スーパーで手に取るのは県外産の野菜だ。
 大震災で市内全域が断水した。もちろん自宅も。3月15日に復旧した時は水のありがたみをあらためて感じた。久しぶりに夫(46)と長女(10)と家族3人で食卓を囲んだ。楽しいひとときだった。しかし今、「あのころ料理で使った水や野菜には放射性ヨウ素やセシウムがずいぶん含まれていたのではないか」と少し後悔している。
 調べてみると国内産の食品や飲料水に含まれる放射性物質の基準値は3月17日までなかった。原発事故で放射性物質が拡散したため厚生労働省が急きょ「暫定」で作った。基準値を評価した内閣府の食品安全委員会の議事録には、専門家の議論が克明に記されていた。読めば読むほど疑問は膨らんだ。「緊急事態だからといって後から安全性を評価していいのか」
 厚労省は食品衛生法に放射性物質に関する安全基準がなかったため、原子力安全委員会が示した「飲食物摂取制限に関する指標」を引用して暫定基準値を定めた。
 根拠となった指標は、放射線防護に関する勧告を行う組織・国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護対策の数値に基づいている。放射性ヨウ素は年間50ミリシーベルト、放射性セシウムは5ミリシーベルトを上限とし、成人、幼児、乳児の摂取量を勘案して数値をはじきだした。厚労省の担当者は「安全側に立った厳しい数値」と話す。
 有害な化学物質などが食品に含まれて許される基準は本来ならば食品安全委員会が健康への影響を十分に評価してから設定する。今回は食品安全基本法で定める「緊急を要する場合」を適用し、厚労省が基準値を決定した後に委員会の評価を受けた。

    基準値を下回っていても消費者の選択は厳しい。
 福島市の北西部に約50軒の果樹園や直売所が並ぶフルーツライン。どこも書き入れ時のサクランボのシーズンを棒に振った。放射性セシウムの検出がゼロでも、1キロ当たり500ベクレルという基準値を大幅に下回っても、サクランボ狩りの観光客も贈答の注文も大きく減った。あきば果樹園の秋葉哲さん(69)は「福島の果物は大丈夫だいう根拠をもっとアピールしていかなければならない」と語る。
 南相馬市産肉用牛からのセシウム検出は本県の生産者にとってさらに手痛い追い打ちとなった。同市の肉用牛の生産者(75)は「牛の出荷は見通しが立たない。これからの生活を考えると目の前が暗くなる」と肩を落とす。
 暫定基準値を疑問に感じていた福島市の主婦も、地元の農家の痛みを感じずにはいられない。それでも「1つ1つの食品に含まれる放射性物質はわずかでも、食べ合わせた食品に含まれる総量が問題と主張する学者もいる。何を信じたらいいのか」と不安なのが素直な気持ちだ。
 食品化学を専門とする福島学院大の阿部正学長は「今回は特別なケース。政府と委員会は国民が納得し、安心できるような分かりやすい説明をすることが必要だ」と指摘する。生産者のためにも、消費者のためにも信頼に足りる基準値が求められる。

カテゴリー:連載・原発大難

「連載・原発大難」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧