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放射線との戦い(10) 迫り来る「数字」 ホットスポット次々判明

特定避難勧奨地点の指定をめぐって伊達市霊山町の小国地区で切実な話し合いが行われた=5日、小国小

        ホットスポットをめぐる動きが拡大している。
 原発事故後、放射線量の調査が進むにつれ当初、避難が指示された区域以外にも局地的に高い値を示す場所があることが分かってきた。伊達市の一部世帯は特定避難勧奨地点に指定され、南相馬市やいわき市などでも指定を検討する詳細調査が進む。さらに福島市の渡利や大波でも前段となる車両走行による調査が行われた。3カ月も4カ月もたってから判明した足元の数字が住民に迫ってくる。
 原発事故直後、放射線量の数字は限られたポイントしか分からなかった。
 県が原発周辺に放射線監視装置「モニタリングポスト」を23局設置していたが、地震の後は通信回線の遮断などで機能しなかった。7地方振興局で測定を開始し、市町村の協力を取り付けて徐々にその数を増やし、現在は102カ所で監視している。調査箇所は教育施設、公園などにも拡大。市町村も住民の声に押され、詳細な測定を始めた。
 「やっぱり、こんなに高かったのか」。数字を突き付けられた住民の気持ちは複雑だ。福島市の渡利地区は学校の線量調査の結果から高めだろうと予想されていた。市の一斉調査で平ケ森の市営住宅は毎時3.83マイクロシーベルト。積算すると年間20ミリシーベルトという避難の目安となる数字を超える可能性がある。近くに住む主婦(38)は「もっと早い段階から、詳細な調査をすべきだったのではないか。国、県、市は信用できない」と憤る。
 飯舘村小宮で建設関係の仕事をしていた佐藤吉男さん(52)は、村が計画的避難区域に指定された後、両親の介護に必要な広さを求めて、村に近い伊達市月舘町相葭(あいよし)地区の一軒家に引っ越した。しかしすぐに地区がホットスポットと分かり、今は猪苗代町のホテルに両親と避難している。一軒家の修繕にかけた金は無駄になった。「将来を考えると眠れなくなる気持ちが分かるか」と湧き立つ怒りを語る。

        細かな調査が地域を分断する結果ももたらした。
 一部が特定避難勧奨地点となった伊達市霊山町の小国地区。上小国、下小国地区の約430世帯のうち指定されたのは84世帯だった。
 「1回の測定で人生が変わるなんて」。両地区の児童が通う小国小PTA会長の高橋裕一さん(41)も憤りを抑えられないでいた。同校の全児童57人のうち、指定されたのは20人の世帯だった。
 親としては「基準値以下なら本当に安全か」「このまま子どもを住まわせて大丈夫か」と不安を感じている。一方で代々の地域の絆が放射線によって切られてしまうことを危惧する。そのため「地点」ではなく「地域」での指定を伊達市に要望している。
 高橋さんの自宅には指定の通知が届いたが、期限が過ぎても回答を保留している。「指定外の方々を残して自分だけ避難することはできない」と苦しい胸の内を明かす。古里を守りたい気持ちも強い。「小国の次代を担うのは子どもたち。子どもを守り、同時に除染を推進し、元通りの生活を取り戻したい」。高橋さんは今月下旬、住民とともに国に要望書を提出する。
 放射線量の測定結果は基本となるデータだが国の各省庁、県、市町村が独自に実施していて一元性に乏しかった。ようやく今月4日、測定方法や情報公開の統一基準を協議する初のモニタリング調整会議が文部科学省で開かれた。
 行政の後手後手の対応がまた県民の不安を招く。

(「放射線との戦い」おわり)

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