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今を生きる 揺れる母親たち(28) 戻れぬ寂しさ胸に

避難先の公園で長男と砂遊びをする深谷さん

 夏の日差しが注ぐ神奈川県の住宅街。5歳の長男は実家近くの公園で砂遊びに夢中になっている。
 半袖に半ズボン姿を見ていると、避難して良かったと感じる。ただ、悩みを打ち明け合った母親仲間を思うと、切なくなる。
 「今ごろみんな、どうしているかな」。遠くを見つめ、つぶやいた。
 福島市の主婦深谷恵美さん(41)=仮名=は小学生の娘2人と幼稚園児の長男を連れ、この地に移って2カ月近くが過ぎた。
 避難するまでは、子どもと夫の5人で暮らしていた。近所に夫の両親が住み、家族との葛藤の日々が続いた。
 東京電力福島第一原発の事故を伝えるニュースを目にした瞬間、大変なことになると直感し、子どもと実家に逃れた。始業式に合わせて4月初旬に戻った。放射線量は平常の数値を大きく上回ったままだった。
 すぐに引き返したかったが、できなかった。「ここに骨を埋める覚悟でいる」。義父母の言葉が重たかった。会社を経営している夫も離れるわけにはいかなかった。
 娘2人が生まれた時、2500グラムに満たなかった。「この手で大きく育てる」と決め、食事のバランスや質の良い睡眠などを心掛けた。家族との溝に苦しみながらも気持ちは固まっていた。「関係が悪くなっても構わない。子どもを守るにはここを離れるしかない」
 義父母の考えがある日、変わった。放射線をめぐる国の判断に疑義を唱える専門家の姿を目にし、「いい大人が泣きながら訴えている。ただ事ではない」と、義父は避難を勧めた。夫も理解してくれた。
 最近、子どもが心にためていた思いを明かすようになった。「長袖、長ズボンは嫌だった」「本当は外で遊びたかった」。胸が締め付けられた。
 友人から相談の電話が毎日のようにかかってくる。移り住む場所はあるだろうか。家族との関係は...。それぞれに事情を抱えている。避難を勧めたくても簡単には言えない。
 福島市を離れる前日、友人に「親の体の具体が悪くて」とメールをした。みんなの不安をあおりそうで、本当の理由は間際まで明かせなかった。
 ベランダに洗濯物を干すたびに母親仲間の姿が目に浮かぶ。「1人で避難して、ごめんね」。戻りたくても戻れない寂しさが込み上げる。

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