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今を生きる 愛用ブレザーで交通整理 自宅から持ち出し 帰郷信じ、避難者に元気

一時帰宅で持ち出した自慢のブレザーを着て仕事に励む赤井さん(右)。来訪者を優しいまなざしで出迎える

■大熊から若松に避難 赤井光清さん
 自慢の紺色のブレザーを羽織り、威勢のいい声で来訪者を出迎える。「顔色良さそうで何より。気を付けて帰るんだぞ」。大熊町の無職赤井光清さん(75)は、避難先の会津若松市の町役場会津若松出張所で4月上旬から交通整理のボランティアをしている。「いつもご苦労さま。赤井さんの姿を見ていると元気がでるよ」。同じく避難生活を送る町民の言葉が何よりの活力だ。雨の日も風の日も週6日、この場所に立ち続けている。
   ◇    ◇
 大熊町では大工や新聞販売店で仕事をする傍ら、約40年間、交通整理のボランティアをしてきた。ブレザーは自らのトレードマークで、共に時を刻んできた"勲章"。大事な宝物だ。
 7月に実現した1回目の一時帰宅。70センチ四方のビニール袋を握り締め、真っ先に袋に詰め込んだのはブレザーだった。普段着や日用品、家族で撮った記念写真-。持ち出したい物はたくさんあったが、袋はすでにパンパン。諦めざるを得なかった。妻・智子さん(73)も夫の熱意を感じ、理解してくれた。帰宅後、無言でブレザーにブラシを掛けてくれた。4カ月ぶりに袖を通したブレザーの着心地は、"あの日"以前と何も変わらない。余計に悔しさが込み上げ、古里を思う気持ちが強くなった。
 活動を始めて1カ月が過ぎ「臨時職員で働かないか?」と、町職員に勧められた。だが、「いつ体が悪くなるか分からない。自分のペースで活動したいから」と断った。収入は年金と義援金のみ。生活は楽でないが、信念としてあくまでボランティアを続けたかった。「俺に払う金があるなら、これからの大熊を担う若い人に使ってくれ」
   ◇    ◇
 3年前に交通事故に遭い、後遺症で今でも左膝に痛みが残る。立ち仕事の交通整理は膝への負担も大きい。それでも自分の新たな居場所を見つけ、充実感に満ちている。帰宅のめどは立たないが、1日たりとも帰郷を諦めたことはない。「いつ帰れるか分からないんだから、長生きしないとな」。仕事を終えてさする左膝の痛みも"やりがい"と感じ、古里から遠く離れた会津で前向きに生きている。

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