東日本大震災

「3.11大震災・福島と原発」アーカイブ

  • Check

【立地の遺伝子6】住民反対で難航 「恐ろしい」地元に不安

 福島市の元県職員、小林輝男(85)の自宅居間に1枚の感謝状が飾られている。
 「あなたは地権者の要望をよく理解され、達成のために協力されました。立場を離れた人間相互の信頼が全ての問題解決の原点であることを知りました」。贈り主は富岡楢葉原発地権者連合会。東京電力福島第二原発の建設用地の地権者でつくられた組織だった。
 小林は福島第一、福島第二の両原発の用地買収に関わった。第二原発の買収交渉終了後の昭和46年8月、地権者連合会の会長が感謝状を手に県庁の職場を訪れた。
 「自分1人の仕事じゃないから...」。小林は受け取りを断った。すぐに知事室から呼び出しが来た。会長と共に待っていたのは知事、木村守江だった。「住民の感謝の気持ちだ。なぜもらわない」

■拒否の張り紙

 小林は44年4月、企業局と県開発公社の兼務辞令を受け、原発用地の買収を任された。
 第一原発の買収交渉は、大きな反対運動がなく、既に前年度までにほぼ終了していた。小林は第一原発用地の登記手続きなどの仕事をしただけで、翌年4月から第二原発の買収交渉に入った。
 職員3人で富岡町の旅館に泊まり込み、地権者会の幹部宅への「夜討ち、朝駆け」を繰り返した。
 福島第一原発の交渉とは状況が大きく異なり、労働組合を巻き込んだ住民の反対運動が起きていた。地権者の集落には「原発反対」の看板が立っていた。入っていくと、家々の雨戸が一斉に閉まった。玄関先に交渉拒否の張り紙が並ぶ。「出て行け」と追い返され、塩をまかれたこともあった。福島市の自宅に戻るのは1カ月のうち、わずか1日程度だった。
 対応を協議するために東京・内幸町の東京電力本店に作業服のままで通った。「大変に無理なことをお願いして申し訳ないが、よろしく頼みます」。梁川町(現伊達市)出身の社長、木川田一隆に懇願された。

■信頼だけが頼り

 大半の地権者は原発と原爆と重ね合わせ、「恐ろしいもの」と受け止めていた。小林は住民の不安を解消しようと考えたが、原発を説明するパンフレットさえない。小林は「正直言えば、自分もよく分からなかった」と述懐する。「知事も町長も原発は心配ないと言っている。県や町を信頼してほしい」と訴えるしかなかった。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

「3.11大震災・福島と原発」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧