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【政府事故調中間報告】 避難者「人災」「怠慢だ」 国と東電に憤り 「想定外で済まされない」

長期避難を余儀なくされ、会津若松市の仮設住宅で雪かきに追われる大熊町民=26日午前11時ごろ

 「自然災害ではなく、人災だ」「もっと早くに避難できたのに」。政府の東京電力福島第一原発事故調査・検証委員会が26日に発表した中間報告に、長期避難を余儀なくされている住民から憤りの声が上がった。津波対策の欠如、避難指示の遅れ、安全を監視していた経済産業省原子力安全・保安院の機能不全...。事故から9カ月たった今も住民の怒りは収まらない。

■あまりに無策
 26日、この冬初めての本格的な雪となった会津若松市。市内の仮設住宅で朝と昼の2回、雪かきをした大熊町の無職塚本英一さん(70)は、「東京電力と国の認識の甘さが露呈した。想定外では済まない」と話した。中間報告で、東電が最大15.7メートルの津波が発生する可能性を認識しながら、実際には来ないと考え、対策を講じていなかったことがあらためて示されたからだ。
 富岡町からいわき市、川内村、茨城県と避難先を転々とし、現在、郡山市に住む同町老人クラブ連合会長の大和田一郎さん(81)も、あまりの無策ぶりに憤る。「東電、原子力安全・保安院の怠慢以外の何物でもない」
 南相馬市小高区から同市原町区の借り上げ住宅に避難している主婦の斎藤幸子さん(47)は「想定しながら災害に備えなかったということは、人災としかいえないのでは」と怒りをあらわにした。

■避難指示の遅れ
 「避難が遅れ、無駄な放射線を浴びてしまった」。飯舘村の会社員大和田和也さん(22)は、国が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を生かし切れなかったことに憤りを隠さない。
 村は震災当初、浜通りからの避難者を受け入れた。大和田さんは高い空間放射線量や、土壌や水から検出される放射性物質など次々に明らかになる事実に不安はあったが、「直ちに健康に影響はない」と繰り返す政府の言葉を信用していた。
 しかし、結果として政府は4月22日に計画的避難区域に指定し、避難を余儀なくされた。「迅速に全ての情報を出すべきだった。国に裏切られた思いだ」と悔しがる。
 菅野典雄村長は「村民以外にも避難場所を提供したが、予測値でも情報があれば、もっと早くみんなで避難できたのは明らかだ」と指摘。「広報体制の充実が必要。そのためには地元の意見をしっかり聞く必要がある」と注文を付けた。
 東京都に避難している浪江町の会社役員朝田英洋さん(43)は3月14日まで家族と一緒に、後で高線量地域と公表された同町津島地区に避難していた。「正確な情報があれば、もっと早く避難できた。政府は将来にわたり責任を持って健康調査をすべきだ」と訴える。
 浪江町の馬場有町長も「私たちは地元の道路事情もよく分かっているし、もしデータがあれば、線量の高い区域を避けて避難する形になったと思う」と悔やんだ。

■存在意義
 原発の安全と健全性をチェックする重要な役割を担っているはずだった経済産業省原子力安全・保安院。しかし、中間報告は事故発生当時、「保安検査官は(中略)指導や助言もせず、事故対策に全く寄与しなかった」と存在意義の欠如を厳しく指摘した。
 会津美里町の仮設住宅に避難している楢葉町の高木誠志さん(60)は「一体何のための保安院なのか」とあきれるばかりだ。「せめてしっかりと検証して対策を講じ、世界の原発立地国に事故モデルとして伝える義務がある」と強調した。
 一方、仕事のため埼玉県加須市に避難した家族と離れ、いわき市に暮らす双葉町の自営業宗像邦浩さん(36)は、中間報告そのものにむなしさを感じている。「実際に事故は起きており、いまさらという感じだ。報告よりも、まずは避難者の賠償など生活支援に取り組んでほしい」と求めた。

【背景】
 東京電力福島第一原発事故で、政府は当初、原子力災害対策特別措置法に基づき、原発周辺の市町村に避難や屋内退避を指示した。4月下旬には第一原発から半径20キロ圏内を警戒区域、20~30キロを緊急時避難準備区域(9月30日解除)、飯舘村の全域と川俣町山木屋地区などを計画的避難区域にそれぞれ指定した。その後、伊達、南相馬両市などで局地的に放射線量の高い地点を特定避難勧奨地点とした。現在、県内で約10万人、県外で約6万人(自主避難者を含む)の合わせて約16万人が避難生活を送っている

「早く逃げられたのに」 殺人罪じゃないか 無用の被ばくに浪江町長

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 世界中を震撼(しんかん)させた最悪レベルの原発事故から9カ月余。政府の事故調査・検証委員会が26日、中間報告を公表した。首相官邸から現場への情報伝達の失敗。活用されなかった放射能影響予測システム-。「もっと早く逃げられたのに」。報告は、政府の不手際をいくつも浮き彫りにしたが、被ばくの恐怖にさらされた原発周辺住民の怒りは収まらない。
 「国から何10枚もファクスが流れてきたが、われわれでは解析できない。不正確なものを出せばパニックになる。だから私どもの机の上に置きっぱなしになりました」
 5月20日、二本松市の施設。役場機能を移していた浪江町に、県の原子力安全対策課の幹部が釈明に訪れた。
 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータの一部は3月13日には県に届いたが、関係自治体に知らされることはなかったからだ。
 「何しゃべってるんですか、あなた」
 詰め寄る馬場有町長らに、県の幹部は顔面蒼白(そうはく)だった。涙ながらに「申し訳ございません」と頭を下げるが、後は言葉になっていない。町長はいら立ち、思わず声を上げた。「それはあなたたち、殺人罪じゃないか」

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住民が避難し、無人になった浪江町の市街地=22日

 政府の東京電力福島第一原発事故調査・検証委員会が26日に公表した中間報告は、国がSPEEDIを活用していれば、放射性物質が流れた先で住民が受けた「無用の被ばく」を防げた可能性に言及。
 住民の生命と財産を守るという使命は、データの一部を受け取った県でも果たされることなく、被ばくを拡大させる結果となった。
 浪江町は東日本大震災が起きた3月11日、第一原発から10キロ圏内の住民を対象に県内の公共施設へ避難するよう指示。翌12日には原発1号機の原子炉格納容器から蒸気を逃がす「ベント」実施を受け、町の北西20キロ圏外の津島地区に1万人近くの人たちが逃れた。
 SPEEDIのデータは本来、第一原発がある大熊町の県原子力災害対策センター(オフサイトセンター)の専用端末で閲覧が可能だ。しかし地震で端末が使用できなかった。
 SPEEDIを運営する原子力安全技術センター(東京)からは3月11日深夜と、12日深夜から定時に電子メールでデータを送信した記録が残るが、県が気付いたのは15日。
 その間、県は13日に32枚分のデータをファクスで取り寄せたが、国も公表していない情報だとして開示を見送った。データは紙くずと化した。
 中間報告は「仮データに基づく予測でも情報提供されていれば、自治体や住民は道路事情に精通した地元ならではの判断で、適切な避難の経路や方向を選択できた」と指摘。
 馬場町長は「私らのミスは避難に際して、役場にガイガーカウンターを置いてきたこと。自分たちで線量を測定できていれば」と自分をも責めている。

カテゴリー:3.11大震災・断面

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