東日本大震災

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【恐怖に耐え原発へ】「一体何が起きた」

3・11 富岡消防署に緊急連絡、いわき・久之浜地区で火災発生 
3.15、16 第一原発4号機で火災

 東日本大震災が発生した直後、沿岸部の消防署員はいくつもの現場を往復して人命救助に当たった。双葉郡内の消防署員は、爆発や放射線の恐怖と戦いながら東京電力福島第一原発の事故現場に向かった。


双葉地方広域消防本部 富岡、浪江消防署

■3月11日

【午後2時46分】
 地震による津波で福島第一、福島第二両原発の稼働中の全基が自動停止
【午後4時40分】
 富岡消防署に福島第二原発から緊急事態の連絡

 双葉地方広域消防本部や富岡消防署には震災後、福島第一原発からの連絡が途絶えたままだった。福島第二原発との専用電話が唯一の情報入手の手段となったが、「詳細調査中」との連絡が繰り返され、署員はいら立っていた。
 「福島第一原発の非常用炉心冷却装置が給水不可能になった」。地震発生から約2時間後、福島第二原発の職員から富岡消防署に一報が入った。電話を受けた警防係の渡部友春(35)は「相手は冷静だ」と感じた。
 一方、双葉地方広域消防本部消防課長補佐の安倍一夫(57)は「福島第一原発で原子力災害対策特別措置法の15条に当たる事象が起きた」と聞かされた。しかし、具体的に何があったのかは分からなかった。
 午後7時すぎ、政府が原子力緊急事態宣言を発令し、福島第一原発の半径3キロ圏内に避難指示を出すと、本部内は混乱した。「原発で一体何が起きたのか」
 そのころ、富岡消防署は町役場に派遣した署員を通して情報収集に当たっていた。「避難対象の住民は何万人になるのか。集団パニックにならないか」。警防係の渡部は不安に襲われた。


爆発、火災 緊迫の給水

■3月12~16日

 1号機と3号機で水素爆発、4号機の原子炉建屋で2度にわたる火災が発生し、消防本部や富岡消防署には給水や負傷した作業員の救助要請が相次いだ。
 14日の給水要請に対しては浪江、富岡両消防署員合わせて5人が6トンの水が入った搬送車で貯水槽付近に向かった。給水終了後、東電から緊急連絡が入る。「放射線量が上がっている。至急、避難を」-。3号機が水素爆発を起こしたのは、その約1時間後だった。
 16日に4号機で2度目の火災が発生すると、富岡消防署警防係の渡部を含め21人が消火隊に選ばれた。防火服の下に防護服と耐水性のあるフード付きの上着を着込み、顔は全面マスクで覆った。
 4号機では前日にも火災が起きていた。「消火中に爆発するかもしれない」。極度の緊張で隊員の喉はからからに渇いた。車中は全員、押し黙ったままだった。
 原発の敷地内には正門から進入し、免震重要棟付近に車両を止めた。隊長ら数人が棟に入り、東電関係者と策を練った。地上から40メートルほどの外壁に開いた8メートル四方の穴にポンプ付きはしごを挿入し、遠隔操作で放水することが決まった。
 車内に待機していた隊員は敷地内を注意深く見回して思った。「水を確保できるのか。東電の車両は利用できないのか」。答えは出なかったが、何かを考えていないと不安に押しつぶされそうだった。
 棟内にいた隊長から間もなく無線連絡が入った。「棟周辺の放射線量が急激に上がっている。消火を中止する」。隊員が持っていた線量計の数値はそれほど高くはなかったが、周辺は毎時100ミリシーベルトに達していた。隊員の1人は複雑な心境を抱いた。「火が出ているのに、消火作業をせずに引き返すのか」
    ◇    ◇
 富岡、浪江両消防署は1号機が水素爆発した12日、福島第一原発から20キロ以上離れた川内村の富岡消防署川内出張所に機能を移した。通常、10人程度が勤務する出張所に約90人が詰め、救急搬送や給水、消火などでたびたび原発敷地内に入った。夜間は車庫に医療用エアテントを張って寝泊まりした。原発事故発生後の数日間でけがをした作業員十数人を運び出した。
 富岡消防署の渡部の家族は原発事故後、埼玉県に避難していた。再会したのは事故から1カ月後だった。会うまでは悩み続けた。「スクリーニングで問題はなかったが、被ばくした体で家族に会っていいのか...」。長男はまだ生後11カ月だった。

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