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【ビッグパレット休館】復興の要 使えない 宿泊、飲食業に打撃 来秋全館再開 利用回復は不透明

ビッグパレットふくしまの多目的展示ホールは震災から9カ月以上経過した現在も多くの天井が抜け落ちたままだ

 東日本大震災で被災した郡山市のコンベンション施設「ビッグパレットふくしま」の長期休館によって、経済県都は深刻な影響を受けている。交流人口の受け皿を担っており、宿泊や飲食施設はキャンセルが相次いだ。平成24年6月の一部再開、来秋の全館再開を目指すが、東京電力福島第一原発事故の影響で、利用状況の回復は見通せない。

■地域経済に影
 施設の長期休館に宿泊、飲食施設は悲鳴を上げる。「1日も早く再開してほしい」。郡山市の郡山ビューホテルと郡山ビューホテルアネックスの上杉健宿泊支配人の願いは切実だ。震災後、ビッグパレットふくしまに関連する宿泊予約は約800件がキャンセルとなった。損失額は少なくとも1000万円余に上るという。
 大規模な会合やイベントの誘致、観光関連の情報を発信している「郡山コンベンションビューロー」(理事長・丹治一郎郡山商工会議所会頭)は震災前、今年度の郡山地域への経済波及効果を約96億円と見込んだ。昨年度は約92億円で、事業数などから昨年度を上回る効果を試算したが、「今年度は大きく落ち込むだろう」(担当者)という。
 県ニット工業組合は例年、春と冬の2回、ビッグパレットふくしまで県内最大規模のニットフェアを開いているが、今春は中止に追い込まれた。ニットは伊達市の主力産業で、冬のフェアは郡山市に代替会場を確保。今月16日から3日間の開催にこぎ着けたが、利便性に欠けた。同組合の関係者は「駐車場、交通アクセスなどの面で、ビッグパレットふくしまの優位性をあらためて実感した」と再開を待ち望む。

■やまぬ風評
 ビッグパレットふくしまは年間100万人近い客を迎え入れていた。
 今年度は震災前、多目的展示ホールに144件、コンベンションホールに187件の予約が入っていた。全国規模の会合やイベントもあったが、いずれも中止や延期、会場変更となった。
 1日約7400人を収容できるビッグパレットふくしまは、県内最大規模の会合・イベント施設として県内で唯一無二の存在だ。
 一部開館の見通しは立ったが、原発事故が暗い影を落とす。「放射線量は安全か」「本当に行っても大丈夫か」。放射線量を不安視する声が付きまとい、利用申し込みは伸びない。施設周辺の放射線量は毎時0.5マイクロシーベルト程度。関係者は声を絞り出した。「安全だと伝えているのに...。風評被害が根強い。この厳しい現実は、いつまで続くのか」
 今月14、15の両日、東京都内で開かれた「国際ミーティング・エキスポ」。郡山コンベンションビューローは、ビッグパレットふくしまの一部業務再開が決まったことをアピールし、来場者に各種大会や会合の開催を呼び掛けた。しかし、担当者は「手応えはない」と肩を落とした。

■県民が頼みの綱
 通常、大規模な会合やイベントの会場予約は、少なくとも開催前年までに済ませる必要がある。関係者への出席要請、出欠確認など準備に時間を要するためだ。
 ビッグパレットふくしまの利用者数が回復するのは平成25年以降にずれ込むという見方もある。このため、関係者は県内の関係団体に呼び掛け、利用を促す方針だ。
 "地産地消"で稼働率を高める事態に追い込まれ、渡辺日出夫理事兼館長は「県民の協力で安全な施設であることをアピールし、県外からの利用増につなげたい」と語った。

【背景】
 ビッグパレットふくしまは複合コンベンション施設として平成10年に開館した。震災と原発事故に伴い8月まで、富岡町と川内村の被災者を受け入れた。多目的展示ホールの天井が剥がれたほか、特別会議室などは9カ月余が過ぎた現在も、がれきで足の踏み場もない状態だ。県議会の補正予算で10億円の復旧工事費が決定し現在、構造変更などの設計を行っている。修理完了を待つと閉館期間がさらに延びるため、修繕工事が完了した機能から順次、開館を目指す。県の担当者によると、着工は早くとも来年2月になる見通しという。


県内外転校の小中生・園児1万9386人 地元帰還わずか7% 保護者の不安収まらず


IP111230MAC000015000_00.jpg 東京電力福島第一原発事故の発生から12月までに、県内外に転校・転園(休退園も含む)を経験した小中学生と幼稚園児は1万9386人で、うち地元の学校や園に戻ったのはわずか7%にすぎない1424人だったことが30日、共同通信の調査で分かった。
 第一原発周辺の自治体では、避難先での学校再開や9月末の緊急時避難準備区域の解除で徐々に戻ってきている一方で、県中央を貫く交通動脈沿いの自治体では二学期以降も転校・転園に歯止めが利かず、戻ってきた子どもも少なかった。こうした自治体では校舎や園舎の高圧洗浄、校庭などの表土除去を進めているが、放射線に対する保護者の不安が収まっていない実態を浮き彫りにした。
 調査は12月、全59市町村の各教委の他、国立幼稚園1園、国立小中2校、県立中1校、私立小中10校、県全私立幼稚園協会を対象に実施した。調査によると、転校・転園は小学生1万1010人、中学生4205人、幼稚園児4171人。判明分だけでも県外へは7514人、県内は5162人だった。
 福島市ではこれまでに893人が出たが、戻ったのは31人。伊達市は267人に対し5人、二本松市は305人に対し13人だった。郡山市は1180人に対し83人、白河市は178人に対し8人しか戻っていない
 原発事故の発生前から通っていた子どもが転校・転園したまま戻っていない、と回答したのは17自治体(公立校が再開していない双葉町と楢葉町を除く)。私立小中8校と県立中1校も、戻った子どもはゼロだった。
 原発周辺の自治体でみると、南相馬市は4672人が転校・転園し、準備区域の解除などで841人が戻った。浪江、富岡、広野の3町は二学期から再開し、それぞれ76人、88人、102人が通っている。
 大熊町、飯舘村、いわき市からは幼小中、川俣町と須賀川市からは小中に戻った数の回答がなかった。私立幼稚園も2143人が転園したが、戻った数は把握していない。


■通学路の除染遅れる
 本県の小中学生、幼稚園児の転校・転園が止まらない。除染が学校以外でなかなか進まず、保護者の不安解消に至っていないからだ。「学校だけでの対策には限界がある」。夏休み以降、312人が転校・転園した福島市では、市教委の担当者が苦しい胸の内をさらしている。
 福島市や郡山市など東京電力福島第一原発から50キロ以上離れた都市部では、放射線量を低減できていない通学路や遊び場などが点在。生活圏の除染が進まない現状に、ある小学校の校長は「学校にいるのが最も安全」と皮肉った。
 郡山市は校舎の洗浄や給食の放射性物質検査、通学路の放射線量マップ作成などで保護者の不安を拭い去ろうと努めてきたが、転校・転園は夏休み以降460人増えた。郡山市教委の担当者は「一学期には多かった保護者の苦情もほとんどなくなった」と話すが「放射線への考えはいろいろあり、転校もやむを得ない」とも。
 原発事故のため全域で避難した川内村の小中学校は、郡山市の学校に間借りしている。緊急時避難準備区域の解除に伴い、来年度からは元の場所での再開を目指しているが、保護者アンケートでは半数以上が「通わせない」と回答した。生活圏の除染に不安を抱く保護者が多いといい、村教委の担当者は「帰村は避難より何倍も難しい」と悲愴(ひそう)感が漂っている。

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