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苦悩する自治体/飯舘村(30) 遠い学校揺れる心 未来の担い手育成に苦慮

放課後、福島市内に向かうスクールバスに乗り込む飯舘村の児童

  村の将来を担うはずの子どもの数が減った。

 飯舘村は幼稚園から中学校まで川俣町の学校などに間借りしている。多くの子どもたちは福島市などの避難先から片道1時間ほどかけてスクールバスで通う。計画的避難により子どもも200人以上が他に移り、残ったのは事故以前の約7割に当たる454人。幼稚園児が45%減と、低年齢ほど減少の割合は大きい。
 村は今年中に幼稚園、小、中学校の仮設校舎を整える予定だが4月の入園、入学者は従来より減ることが懸念される。
 村税務係長の佐藤正幸さん(44)の長男・柊哉君(10)=飯樋小4年=は「毎日の通学時間が長い。放課後、友達と遊ぶこともできなくなった」とつまらなそう。飯樋小PTA会長でもある佐藤さんは「子どもたちの避難は長期化するだろう。『避難中だから仕方ない』ではなく、校舎の在り方など全てについて本来の姿に近い形を整えないと、避難先に近い学校や幼稚園に移る子どもは今後も増えるだろう」と話す。
 村でも比較的線量が高い長泥地区から福島市に避難した会社員高橋亮一さん(49)は小学生から高校生まで3人の子どもがいる。それぞれ市内の学校での新生活にも慣れた。「今も村の子どもたちと一緒に学ぶのが一番だと思ってはいるが、子どもの生活環境を何度も変えたくない」と考えている。仮設校舎ができても、子どもたちを村の学校に戻す予定はない。
 現実は厳しいが村は前向きに捉えようとしている。広瀬要人村教育長(64)は「7割の子どもが残ってくれたことは大きい。保護者から『村の学校に通わせて良かった』と言ってもらえるような教育を目指していきたい」と考えている。
 村が建設中の仮設校舎は、幼稚園が市内飯野町、小学校が川俣町飯坂地区に3月中に完成し、子どもたちは4月から仮設校舎で学ぶ。仮設中学校も市内飯野町に設置予定で、2学期から通学が可能になる。広瀬教育長は「子どもたちにとって学校は自宅の次に大事な居場所。仮設校舎の完成で、より通常の状態に近い教育ができる」と語る。

  だが、保護者側には批判もくすぶる。

 「子どもたちの多くが福島市にいるのに、どうして離れた場所に仮設校舎を造るのか」という声があった。村としてはまとまった用地を確保するのは難しく、子どもたちが早く落ち着いて勉強できるよう校舎建設を急ぐ必要があった。
 放射線対策では「同じ学校に通う川俣町の子どもたちはバッジ式積算線量計を身に着けていたのに、飯舘の子どもたちにないのはどうしてか」と批判された。村は積算線量も空間放射線量も両方測定できる簡易線量計を、妊婦や中学生以下の子どもがいる世帯に配布している。学校でも教員が同じ線量計を持ち、子どもの被ばく線量を把握する体制づくりを進める考えだ。
 新年度からは小中学校の授業に放射線教育を取り入れる。文部科学省の副読本を活用しながら、全学年で年2、3時間程度の授業を行う。広瀬教育長は「全村避難になった飯舘村だからこそ、進めなくてはならない教育」と説明する。被ばく線量低減を兼ね、海外研修を含む校外研修なども積極的に実施する予定だ。
 村は子どもたちが安心して学べるよう、さまざまな対策を講じている。村の学校で学ぶ子どもの減少はそのまま未来の人口減につながる。将来の村づくりが現在の教育にかかっている。

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