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【振興への駆け引き1】県、国に特措法提言 豊かさの裏付けを

建設中の東京電力福島第二原発1、2号機。県は建設終了後も立地の恩恵が続く仕組みを求め続けた=昭和56年作成の県の要望資料より

 建屋が爆発し、煙が上がる。避難する住民の車が阿武隈山系の狭い道路を埋め尽くす-。東京電力福島第一原発の事故直後、福島市の元県職員佐藤家治(76)は、新聞やテレビで報じられる光景を信じられない思いで見詰め続けた。
 「安全に対する国の関わりがもっと明確に打ち出されていれば、こんな事態は起きなかったのでは...」。佐藤は、30年ほど前から本県が主導した法律づくりを思い起こす。豊かで安全な立地地域を目指し、国が前面に立つ仕組みを法的に裏付ける狙いが込められていた。

■独自の試案
 佐藤は昭和55年春、県企画調整課の企画主幹として、法整備を国に要望する担当を命じられた。
 上司の企画調整部長高城勤治が語った思いを今なお、はっきりと覚えている。「原発立地地域の振興に国が責任を持ち、幅広い分野で継続的に関わるべきだ。そのための法律が必要だ」。県が法案の具体的な内容を示し、地方から国に実現を迫る異例の政策提言活動だった。
 当時、大熊・双葉両町に立地する福島第一原発は、予定された6基全ての運転が始まっていた。富岡・楢葉両町の福島第二原発も、計画された4基のうち、2基の建設に着手した。
 国は既に、地元の公共施設などを造る費用として、電源三法交付金を配っていた。だが、交付金を使える事業の範囲や、期間は限られた。県は原発の建設終了に伴い、地元への波及効果が減り始め、いずれは何もなくなってしまうことを懸念した。
 県が求めた法案は、後に特別措置法と名付けられる。原発立地地域の発展を永続的に保証する仕掛けだ。しかも、火力、水力などの各発電所の立地地域も視野に入れ、県土全体の発展に結び付けようとした。
 本県の試案には、立地地域で、国が道路・鉄道・港湾などを造ったり、住民の働く場を増やしたりすることを掲げた。それぞれの事業に予算を手厚く充てる仕組みや、縦割りではなく、首相を先頭に省庁が連携する態勢も盛り込んだ。
 県は国や政党、国会議員に要望を重ねた。原発が立地する福井県などとの協議会も発足させ、運動の輪を広げた。

■国、反応鈍く
 「電源三法交付金があるのに、この上、何が欲しいのか」。通産省(現経済産業省)の担当者は本県の職員に冷たく言い放った。新法ができれば、国は組織も予算も見直しを迫られる。国にとって、にわかに受け入れられる要望ではなかった。
 消極的な行政に対して、地元の声に敏感な「政治」が動く。自民党は56年、衆院議員渡部恒三を座長に特措法の検討会を設けた。渡部の選挙区である会津地方(旧本県2区、現4区)は明治時代以来、水力発電所が立地し、首都圏などに電気を送り続けてきた。5回の協議の結果、電源三法交付金の交付対象は広がったが、立法そのものは進まなかった。
 58年に国土庁(現国土交通省)も検討会を設けたが、関係省庁の理解は得られない。それでもなお、県は毎年の政府予算対策活動で地道な取り組みを続けた。県が行動を起こしてから、原発立地地域を対象にした法案が国会を通るまで約20年の年月が費やされた。
   ◇    ◇
 県や市町村は発電所の立地を契機に、地元の振興を永続的に保証する法律、制度、税を求め続けた。時に近づき、時に離れた地方、国、電力会社の駆け引きを追う。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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