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父の遺志継ぎ祈願祭 浪江・苕野神社「安波祭」の日 「心の支え」守る

仮社殿の前で行われた復興祈願祭。父の遺志を継いだ倉坪さん(左端)が神事に臨んだ

■新宮司 三女の倉坪郁美さん
 大津波で全てを流され、原発事故で警戒区域となっている浪江町の請戸地区にある苕野(くさの)神社。19日、特別に町の許可を得て、亡き父親の後を継ぎ新宮司となった倉坪郁美さん(40)=横浜市=ら神社関係者約50人が神社の跡地に立った。本来は1000年以上の歴史を誇る同神社恒例の「安波(あんば)祭」が開催される日。祭事に代わる復興祈願祭を行い、東日本大震災の犠牲者の慰霊もした。一方この日、浪江町民が避難生活を送る福島市の仮設住宅などでは、祭りで奉納されていた伝統の踊りが披露された。町民らは古里へのそれぞれの思いを踊りに重ねた。
 かすかに波の音だけが聞こえる。震災から11カ月が経過した現在も、辺りの復興は進まず、何もない景色だけが広がっている。神社境内には本殿の台座だけが残る。そこに県神社庁などが協力し、岡山県神社庁から提供された仮社殿を設置した。厳粛な雰囲気の中、新宮司の就任奉告に続き、双葉郡内の神職らが協力して倉坪さんが祝詞を奏上した。馬場有町長ら参列者の代表がそれぞれの思いを込め、玉串をささげた。
 大震災による津波で、倉坪さんは父親で宮司だった鈴木澄夫さん=当時(72)=と母親の照美さん=当時(68)=、長姉の鍋島弥生さん=当時(43)=を亡くした。弥生さんの夫で祢宜だった彰教さん(46)は現在も行方不明のままだ。倉坪さんは三女で、結婚して家を離れていたが神職の資格を持っていた。あまりに悲しい現実だったが、神社を守り古里の復興のために父の遺志を継ごうと、昨年10月に宮司に就任した。父たちが取り仕切っていた伝統を絶やさぬ覚悟を決めた。
 苕野神社は歴史と伝統ある社として請戸地区住民の心のよりどころだった。毎年2月の第3日曜日には神社を中心に海上安全や豊漁、豊作を願う安波祭が繰り広げられていた。本殿や境内では神楽のほか、子どもたちによる田植え踊りなどが奉納された。たるみこしを担いだ若衆が地区内を練り歩き、真冬の海に入る勇壮な姿は相双地方の風物詩として親しまれていた。
 倉坪さんは震災以来初めて訪れた請戸地区の惨状に言葉を失ったという。その中で神事を務め上げ、「住民の精神的支えだった神社再興の一歩となった」と前を見た。今後への不安はある。それでも「多くの支援を無駄にはできない。氏子の皆さんと相談しながらしっかりと神社も伝統も継続していきたい」と心に誓った。

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