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【履された備え6】初訓練 シナリオ通り 住民は直接参加せず

県原子力防災訓練で行われたスクリーニング=平成22年11月、県提供

 大熊町の県原子力センターに設けられたモニター画面の前に、県外からの視察者が集まった。昭和58年11月30日。本県初の原子力防災訓練の様子がリアルタイムで画面に映し出された。
 わが国で行われた総合的な原子力防災訓練としては、茨城県に次いで2番目だった。訓練は大熊、双葉両町に立地する東京電力福島第一原子力発電所をはじめ、大熊町周辺で繰り広げられた。県と双葉郡内の広野、楢葉、富岡、大熊、双葉、浪江の6町、国などの関係機関から約700人が参加した。
 「午前9時、福島第一原発4号機が全出力運転中に冷却系に異常が生じ、原子炉が緊急停止。発電所周辺に放射性物質の影響が出る恐れあり」。訓練は緊急事態を告げる第一報でスタートした。

■現地本部
 県は福島第一原発から約5キロの場所にある県原子力センターに、災害対策現地本部を設置した。国や県、町の関係者、自衛隊の連絡員らが陣取った。
 センター以外の各会場で、環境放射線量の測定、放射性物質による汚染を調べるスクリーニング、避難、交通規制、救急医療などの訓練を繰り広げた。
 元県職員の鈴木義仁(59)は当時の消防防災課職員として現地本部に詰めた。2年前、鈴木は原子力災害対策を盛り込んだ県地域防災計画を修正した際、実務を担当した。
 「通報は各機関に伝わっているか」「住民への広報に滞りはないか」。鈴木は計画で決められた手順や作業を確認した。訓練のシナリオと実際の活動を照らし合わせながら反省点や改善点などがないかをチェックした。
 訓練は5時間余りで終わった。鈴木は「連絡が届かないとか、機能しない部分があるとか、そういう大きなトラブルはなかった」と記憶をたどる。
 閉会式で副知事の友田昇が講評を述べた。「訓練の問題点を摘出し、今後の防災計画に反映させ、安全確保に努めたい」

■切実な願い
 訓練の模様を報じる福島民報に大熊町民の声が掲載された。「一番怖いのは避難時のパニック。訓練が本番にならないことが一番」。避難を求められるような重大事故が起きないことを願う住民の切実な声だった。
 初めての訓練に参加した原発立地地域の住民は、役場職員や消防団員など、各機関や団体の構成員だった。シナリオの中で、住民の役割を演じる人が選ばれた。一般の住民が直接、訓練に参加することを想定していなかった。
 県の原子力防災訓練は2回目以降、しばらくの間、2年に1度、行われた。1回目の訓練から5年余りが過ぎたころ、楢葉、富岡両町に立地する福島第二原発で、本県の原子力行政の転機となる事故が発生する。原子炉の部品の1つである再循環ポンプが壊れ、ポンプの部品の金属片が原子炉に流れ込んだ。
 東電は事故の予兆とみられるトラブルをつかんでいながら、運転を続けていたことが後に判明する。
 県や立地町は東電や国の安全対策に不信を募らせた。中でも、原子力防災を担当する県幹部の1人は一般住民が参加していない訓練に疑問を抱いた。「地域の人が加わらない訓練は意味がない」
 だが、住民参加を求める県の方針に難色を示す声が出始める。原発の安全規制の権限を一元的に握る国からだった。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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