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【伝統工芸の風評被害】会津桐ブランド危機 品質良いのに... 売り上げ減PRに躍起

博物館の展示品を名残惜しそうに見詰める飯塚さん

 「会津桐」のブランド化の取り組みが東京電力福島第一原発事故による風評被害で打撃を受けている。品質が良いとされる三島町などでは桐(きり)製品の売り上げが大幅にダウン。販売業界は風評被害解消のため県外で独自のPRに努めるが、売り上げが増加に転じる材料は少なく危機感を募らせている。喜多方市では桐をメーンとした県内唯一の博物館が閉館、展示品1000点が売却される。

■来店者減る
 良質の桐の産地で知られる三島町は、平成9年に町と町内の有志が出資した第3セクターの会津桐タンスを設立し、町内産を中心とした会津桐を使ったたんすなどの生産、販売を行ってきた。町内の「道の駅尾瀬街道みしま宿」の直売場で展示販売するのが中心だ。最盛期は年間7000万円の売り上げがあったが生活様式の変化や長引く不況で次第に減り、原発事故前の数年間は年間3500万円前後になっていた。
 原発事故による風評被害などが追い打ちとなり、売り上げは昨年11月時点で前年より約600万円減った。しかし、3セク関係者が積極的に購入したことで、最終的には前年をやや上回る結果まで持ち直した。ただ、関係者はこの売り上げを一過性とみている。
 高額な桐だんすは直接見てもらうことが重要で、来店者の減少が売り上げの低迷につながっているという。板橋充是取締役管理部長(58)は「直売場に足を運んでもらわないと売り上げは伸びない。現状でも厳しいのに、風評被害などで来店者が減り、これ以上売り上げが落ち込むと経営は困難」と懸念する。

■生活できない
 喜多方市で「黒沢桐材店」を営む黒沢孝司さん(58)は「原発事故で生活環境が一変した」と憤る。観光客減少により、旅館や土産店に卸していた桐げたの収入がゼロに。桐製品の売り上げは前年と比べ9割も減った。
 店舗販売だけでは経営が厳しく、家族3人が全国の百貨店などで営業活動に奔走する。「損害賠償を求める前に、まずは仕事を何とかしないと」と切羽詰まった現状を明かす。
 会津若松市内の土産店など15カ所に小物などを卸している同市の会津桐工房猪俣商会では、売り上げが震災前の4割に減った。代表の猪俣武佐士さん(69)は「大きな痛手。商売をやめる業者も出てくる」と心配する。主に関西方面へ桐材を出荷している会津若松市の桐材店の男性は「震災後に取引中止を告げられた。月に数万円の収入では生活できない」と悔しさをにじませた。会津地方の桐材業者19社でつくる会津桐材組合の佐原健司組合長(51)=会津若松市=は「会津は放射線量が低いのに桐製品は『(原発事故の)福島県の会津』というイメージを持たれているのかもしれない」と苦しい胸の内を語る。

■展示品売却
 桐製品や桐の文化を紹介する喜多方市の「桐の博物館」は経営難により昨年末で閉館した。展示品約1000点は27日、大分県の業者に売却される。博物館を経営してきた山久社長の飯塚大亮さん(29)は「風評被害の影響もあり、維持費に見合った集客ができなくなった」と無念さをかみしめる。
 平成5年に会津桐を使った家具、楽器などを展示する施設としてオープン。ピーク時の7年には年間約3万人が来館し、隣接する「喜多方物産館」と合わせて約2億円の売り上げがあった。しかし不景気で年々来館者数は減少。震災後は例年20~30校が訪れた修学旅行客はゼロとなり、博物館を開けない日も多かった。平成23年の物産館の売り上げは前年比約40%減だった。
 市産業部は「売却は市の観光にとっても残念。市内の現状を把握し風評被害対策を根気強く続けるしかない」と貴重な観光資源を失う危機感を口にした。

【背景】
 「会津桐」は木目が細かい、光沢がある、密閉性が高く水を通さない、腐りにくいなどと評価され、全国有数のブランドとして重宝されてきた。会津地方の桐材業者でつくる「会津桐材組合」は最盛期で400社以上が加盟していた。しかし昭和40年代後半から外国産の安価な桐材の大量輸入が始まり、現在では国内シェアの約98%が外国産で会津桐は1%程度。組合加盟社数は19社となっている。

カテゴリー:3.11大震災・断面

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