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【覆された備え15】防護服に住民違和感 高い線量知らされず

警戒区域への一時帰宅のため防護服を着る避難者。県は万が一に備え、地元の町などに配備していた=昨年5月撮影

 浪江町は東日本大震災から一夜明けた昨年3月12日午後、役場機能を町の中心部から西に約20キロ離れた町津島支所に移した。町職員が、とっさの判断で、役場の倉庫から支所に運び込んだ物品があった。不織布製の白い防護服150着だった。繊維を織らずに結合させた素材を使い、放射性物質が体に付着するのを抑える役割を果たす。
 しかし、多くの町民が津島地区に避難していた数日間、防護服がすぐに使われることはなかった。町職員は「町内の放射線量が高いことを、国や県から知らされていなかった」と悔しさをにじませる。

■無防備
 住民は着のみ着のままで避難し、町職員は普段の仕事着で対応に追われた。消防団員は法被姿で交通整理などに当たった。放射性物質や放射線に対して、無防備の状態だった。町役場庁舎には放射線量測定器が1台あったが、慌ただしさの中でまだ持ち出されていなかった。
 「住民が不安に感じている。脱いでもらえないだろうか」。浪江町議会議長の吉田数博(65)は、避難した住民があふれた津島地区で活動中の警察官に申し出た。警察官は防護服を身に着けていた。普段着のまま避難してきた町民や町職員の身なりとの違いは一目瞭然だった。
 吉田は先月21日、二本松市で開かれた国会の原発事故調査委員会(国会事故調)で、防護服姿の警察官に多くの町民が抱いた違和感を説明し、町民が放射性物質の情報から隔絶されていた状況を訴えた。

■実感湧かず
 町が津島支所に運んだ防護服は、県から配られていた原子力防災用の常備品の1つだった。口や鼻を覆うマスクなども一緒だった。
 県は県関係の使用分として約1000着の他、東京電力福島第1、福島第二の各原発から10キロ圏にある広野、楢葉、富岡、大熊、双葉、浪江の6町に各150着を配っていた。また、双葉地方広域市町村圏消防本部に約300着、県警本部に約150着、双葉署に約600着を備えた。毎年の原子力防災訓練で参加者が使い、県は使い捨てで足りなくなった分を補充していた。
 浪江町職員が福島第一原発事故後に防護服を初めて着たのは、全町民の町外への避難が始まった3月15日午後だった。「町中心部に、まだ町民が残っている可能性がある」。そんな情報が入り、町職員は自衛隊員とともに津島支所を出発することになった。
 町職員は支所に到着した自衛隊員の姿に驚いた。「ずいぶん大げさな格好だな」。隊員は防護服に加え、顔全体を覆う全面マスクを着用し、放射線量の測定器も持っていた。
 「そんなに恐ろしい状況なのか」。町職員は実感が湧かないまま、隊員から促されて防護服をまとった。セットになっていたゴーグル、鼻と口を覆うマスクを着用した。ただ、自衛隊員と同じような全面マスクは用意されていなかった。

■研究者から情報
 町職員が支所を出発する数時間前の15日早朝、約30キロ離れた福島第一原発で衝撃音が確認され、4号機の建屋が損傷した。外部に高濃度の放射性物質が漏れた可能性のあるデータが原発敷地境界などで観測された。防護服を着た町職員はその事実を知らされていなかった。
 この日夜、浪江町津島地区の赤宇木で、高い放射線量が測定された。だが、政府内で異常な数値の評価や公表の仕方などの役割分担は、まだ決められていなかった。
 3月下旬、町長の馬場有(63)は町内各地で高い放射線量が測定されていた事実を初めて知った。多くの住民が津島地区を去り、二本松市東和地区などに避難した後だった。「車を使ったモニタリングで大変な数値が出ている」。大学の研究者からの情報だった。
 「政府には、モニタリングデータを速やかに公表しようとする姿勢が欠けており、公表する場合でも、一部を断片的に示しただけであった」。政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)は昨年12月の中間報告で指摘した。
 国や県、東電からの情報の不足や遅れは、避難に直面した市町村や住民をいたずらに混乱させ、食い止められたはずの被害を拡大させた。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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