東日本大震災

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【川俣・無防備の戸惑い4】住民の避難止まらず 国、県の直接説明なし

JA新ふくしま山木屋支店の駐車場で、大内さんは震災直後の不安と緊迫した状況を思い起こす。今は計画的避難区域となっている地区内をパトロールしている

 川俣町のJA新ふくしま山木屋支店の駐車場に数10人の住民が集まった。標高550メートル前後の山木屋地区の気温は氷点下を示し、寒風が容赦なく吹き付けた。昨年3月18日早朝。東日本大震災から1週間が過ぎていた。
 東京電力福島第一原発の危機的な状況にもかかわらず、住民に対する国や県の直接的な説明は皆無だった。住民は、やり場のない不安や怒りを募らせた。
 人だかりの中に、消防団分団長を務めていた大内和紀(57)がいた。前日の17日、町長の古川道郎(67)に対して、山木屋地区に出向くように求めていた。

■町長に詰め寄る
 上空を旋回するヘリコプターの音が聞こえる。大内が見上げると、先行きの不安を抱えた心の中とは対照的に、抜けるような青空が広がっていた。
 古川が到着するやいなや、住民は詰め寄った。「町はどういう対応を取るつもりだ」
 「周り(の町村の住民)はみんな避難してるんだぞ。おれらはここにいて大丈夫なのか」
 古川は何度も繰り返した。「国は直ちに避難する必要はないと言っている。避難が必要な事態になれば、国と県にしっかりやらせる。放射線量は徐々に下がっている。とにかく落ち着いて行動してほしい」
 古川の説明には、よりどころがあった。3日前の15日に県に問い合わせた。「川俣町が避難指示などの対象区域になれば、避難の方法や場所について責任を持つ」との返答だった。
 政府は当時、数日間の積算被ばく放射線量が10ミリシーベルト超で屋内退避、50ミリシーベルト超で避難を指示していた。
 国のモニタリング調査では、17日の町内の空間放射線量は町役場が毎時約5マイクロシーベルト、山木屋郵便局が毎時約15マイクロシーベルトだった。この数字を見る限り、状況が大きく悪化しなければ、避難指示や屋内退避指示がすぐに出される可能性は低いと、当時は考えられていた。
 福島第一原発から30キロ以上離れている川俣町の地域防災計画には、原発への防災対策が盛り込まれていなかった。国や県が防災対策を重点的に進める地域として考えていなかったためだ。災害への備えを持たない中で、町としては報道などで伝えられただけの国の考え方を信用するしかなかった。
 住民は古川の考えに一定の理解を示し、何とかその場は収まったかに見えた。

■「町独自」不可能
 町は114号国道に沿うように、南東から北西に細長い形をしている。福島第一原発からの距離は東側の浪江町と接する山木屋地区で約33キロ、西側の福島市と接する福田地区で約52キロある。
 町は震災直後から「浜通りの避難者を受け入れる場所」として大きな役割を果たしていた。受け入れが続く中で、町独自に「避難者と全町民を町外に避難させる」との決断を下すことは不可能だった。また、町内の中で山木屋地区の住民だけを避難させることも困難だった。
 しかし、住民の動きは止まらなかった。山木屋地区から自主避難を始めた住民は少なくなかった。町の依頼を受けた消防団や自治会の調査によると、3月19日時点で地区外に一時的に避難していた住民は503人で、地区全体の約1250人の半数近くに上っていた。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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