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【川俣・無防備の戸惑い7】「区域指定」突然示す 風評対策 本格化の矢先

計画的避難区域の指定方針を受けた山木屋地区への説明会=昨年4月12日、川俣町提供

 川俣町長の古川道郎(67)は被災した町役場の町長室で、内閣官房副長官の福山哲郎(50)を待った。昨年4月10日午後8時ごろ。約束の時間から2時間余りが過ぎていた。
 翌11日は震災と東京電力福島第一原発事故から1カ月に当たる。この間、町は浜通りなどから6000人を超える避難者を受け入れた。浜通りに近い山木屋地区からは自主的に避難した住民もいる。町の地域防災計画に原子力災害対策がない中で、懸命の対応が続いていた。
 町は来訪の用件を事前に知らされていなかった。「避難者受け入れへのお礼だろうか。それとも、これまでの対応を聞かれるのか」。古川は推し量った。

■返す言葉なし
 福山は、首相補佐官の細野豪志(40)、経済産業副大臣の松下忠洋(73)らを伴って現れた。面会直後はしばらくの間、町を取り巻く現状などを話し合った。
 テーブルの上には町の地図が広げられていた。福山は突然、話題を変えた。地図の上で山木屋地区などの複数の場所を指し、古川に告げた。「年間の積算線量が20ミリシーベルトを超える場所を計画的避難区域に指定したい。おおむね1カ月で避難していただきたい」。線量を1時間当たりに換算すると、3.8マイクロシーベルトが1つの目安だった。
 町内では、3月16日から18日にかけて検査した水道水や原乳から国の暫定基準値を超える放射性物質が検出された。国の情報は町に伝わる前に次々と公表され、町や町民は国への不信を募らせた。ただ、水道水も原乳も、3月末には基準値を下回った。町内の空間放射線量も下がり続けていた。町が風評被害対策を本格的に始める矢先の厳しい宣告だった。古川は返す言葉がすぐには思い浮かばなかった。

■町の独自調査
 福山が町を訪れた10日、町は独自に町内24地点で放射線量を測っていた。山木屋地区で対象とされた7地点のうち、3.8マイクロシーベルトを超えたのは4地点で、残る3地点は下回った。山木屋地区以外で3.8マイクロシーベルトを超えた場所はなかった。古川は、そのデータを福山に説明した。福山は「もう1度調べる」と答えただけだった。
 古川にはさらに納得できないことがあった。政府が当時、示していた避難指示の基準は「数日間の積算放射線量が50ミリシーベルトを超える恐れがある場合」だった。「なぜ、いきなり1年間の積算放射線量20ミリシーベルトが基準になるんだ」。古川は疑問をぶつけた。
 福山は「さまざまな専門家の意見を総合し、長期的な住民の健康リスクを最小限に抑えるための方針だ。なんとか(避難を)受け入れてほしい」と求めた。

■選択肢
 「山木屋地区以外で年間20ミリシーベルトに達する場所はありませんでした」。翌11日、福山は古川に電話を入れ、前日の話の一部を訂正した。町内の計画的避難区域は山木屋地区に絞られた。町民の生命と健康を最優先する古川にとって、政府の方針に従う以外の選択肢はなかった。
 山木屋地区には、避難指示基準を下回る線量の場所があった。しかし、12日に開かれた自治会長や行政区長への説明会で「山木屋地区を分断しないでほしい」との要望が相次いだ。22日、政府は山木屋地区の全体を計画的避難区域に指定した。5月15日、政府の指示による住民の避難が始まった。「心1つに難局を乗り切ろう」。古川は山木屋公民館で開かれた壮行会で呼び掛けた。
 避難開始から1年が過ぎた。だが、除染の進め方をめぐって、住民と政府の意見の隔たりは大きい。避難区域の再編に向けた町と政府の話し合いも、まとまっていない。
 町や町民が直面する難局は続く。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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