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【川俣・無防備の戸惑い8】手探り、近づく限界 独自計画づくりを指示

保健センターに設けた町災害対策本部で、職員に訓示する古川町長(手前)=昨年3月13日、川俣町提供

 東日本大震災から数日後の早朝、川俣町長の古川道郎(67)は1人で福島市に向かった。行き先は県庁の西隣にある県自治会館の3階。県が設けた災害対策本部だった。
 東京電力福島第一原発から20キロ圏に避難指示が既に出されていた。原発から30キロ余りの場所にある町内の山木屋地区の住民は自主避難を始めた。古川は、避難指示が広がる可能性を県に問いただそうとした。しかし、本部に詰めた県職員は震災や原発事故の対応に追われていた。古川は県幹部に会えないまま、町内に引き返した。
 古川は県の対応などを確認するように部下に指示した。県からの回答は「避難などの事態になれば、手段や行き先には県が責任を持つ」という内容だった。だが、具体的な避難方法や場所は示されなかった。
 福島第一原発から川俣町役場までの距離は約47キロ、県庁までは約60キロある。その差は約13キロ。古川は、万が一の場合に、福島市が町民を受け入れられるかを市幹部に打診した。「川俣町が避難するならば、福島市も避難を迫られるだろう」。市幹部の答えだった。
 「山を越えるしかないのか」。古川の脳裏に会津地方への避難がよぎった。

■拡大の懸念
 3月15日、福島第一原発から20~30キロ圏の区域に屋内退避が求められた。古川は、ある指示を職員に出した。原子力災害の「応急対策」と「住民避難」の計画を町独自に取りまとめることだった。
 前日の14日には、福島第一原発3号機で水素爆発があった。15日には2号機、4号機でも深刻な事故をうかがわせるトラブルが確認された。発電所の正門付近では高い放射線量を確認した。
 事故の状況次第で、古川は避難や屋内退避の指示範囲が川俣町にも広がる懸念を抱いた。

■町内全域
 事故が深刻さを増す中で、町議会の全員協議会が開かれた。「屋内退避や避難指示が福島第一原発から40キロ以上に広がった場合、町民の避難をどうするのか」。議員は町の考えをただした。
 福島第一原発からの距離は、山木屋地区の中心部が38キロ、町役場が約47キロ、原発から最も離れた西部の福田地区が約52キロ。避難や屋内退避の指示が50キロの範囲に広がれば、町民約1万5000人が住む町のほぼ全域が含まれてしまう。
 町の地域防災計画は地震などの自然災害対策を中心とした。原子力災害対策は盛り込まれていなかった。原発事故は予断を許さない。国や県は当面の対応で手いっぱいだった。町独自の原子力防災計画がないまま続く手探りの対応には限界があった。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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