東日本大震災

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原発事故で心の負担増

■もう戻れない

 一時帰宅中に自殺したとみられる男性。経営する浪江町中心部のスーパーは震災前、地域住民から親しまれ、買い物客が途絶えることはなかった。遺体が発見されたのは、スーパーの近くの倉庫の中だった。男性は避難後、周囲に「商売がいつ再開できるか...」と漏らし、家業への愛着を口にしていたという。店先で熱心に商品陳列に当たったり、接客したりする姿が多くの人の目に焼き付いている。
 男性は避難後、数回の転居を繰り返し、現在は福島市の借り上げ住宅で暮らしていた。複数の知人によると、男性はほぼ毎日、借り上げ住宅から南矢野目仮設住宅と笹谷東部仮設住宅に自転車で訪れていた。時折、「もう(浪江に)戻れないんじゃないか」と不安がっていたという。
 知人の1人が福島市で商売を再開してはどうかと勧めると、男性は「(自分の店以外で)もうやる気ねえ」と話したという。見知らぬ地で商売を再開するのは容易ではない。町内の小売業者が避難先で営業を始めたのは160人のうち、わずか15人だ。
 浪江町遺族会の叶谷守久会長は「一時帰宅をすると避難先では感じない絶望感を感じることがある。現実を見て相当に心を痛めたのだろう」と男性の心中を推し量った。

■何も進まない

 富岡町から福島市の借り上げ住宅に避難している男性(72)は、避難区域の見直しや賠償問題が進まないことに焦りを感じている。避難区域が解除された自治体でも、住民の帰還が進まない現状を見て、さらに暗い気持ちになる。「原発事故から1年以上がたったのに全く先が見えない。気持ちの負担は増すばかりだ」
 日中は自治会の仕事で、援助物資を配ったり、避難先を見回りしたりして忙しく過ごす。しかし、夜になると、気持ちが沈むので、できるだけ早く寝るようにしている。目が覚めるのは午前3時ごろ。夜空を見上げ「あの星になってしまいたい」と死を意識することさえある。「このままでは、これからも自殺者が出てしまうだろう」と表情を曇らせた。
■死に場所

 「いまだに地震と原発事故の夢を見る」。郡山市の仮設住宅で暮らす富岡町の男性(64)は、今も震災と東京電力福島第一原発事故が頭から離れない。
 自宅は東京電力福島第一原発から10キロほどの場所にある。震災当時、勤務する建設会社の仕事で浪江町の建設現場にいた。避難者でごった返す中で苦労しながら富岡町に戻ったり、避難先を転々としたりしたつらい記憶を忘れたことはない。
 桑折町の仮設住宅に住む浪江町の男性(87)は避難前、子どもと孫に囲まれ、にぎやかな生活を送っていた。仮設住宅では妻と2人暮らしで、「避難さえなければ離れ離れにならなかった」と寂しさが募る。
 生まれも育ちも浪江町で、何よりも古里への帰還を望む。「死に場所ぐらいは自分で決めたい...」

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