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【安全への問い掛け8】国の判断踏み込めず 県、もどかしさ募らせる

東電の池亀常務から報告書を受け取る 平原県保健環境部長(左)=平成2年4月

 初売りで混み合う福島市の商店街で、ポケットベルが鳴った。昭和64年1月に発生した東京電力福島第二原発3号機の再循環ポンプ損傷事故から1年が過ぎていた。
 県原子力安全対策課長の山口忠宏(70)が慌てて手に取ると、見慣れた番号が目に飛び込んだ。発信元は東電福島第二原発。「また、トラブルか」。一緒にいた家族を残し、急いで県庁に向かった。届いた知らせは、福島第二原発1号機の原子炉の手動停止だった。
 県と原発の立地町は東電と結んでいる安全確保協定に基づき、トラブルや事故の通報連絡を受けている。福島第二原発3号機の再循環ポンプ損傷事故の後も、トラブルはたびたび起きた。山口には東電の各原発の担当者から直接、一報が入るようになっていた。

■紳士協定
 9カ月前、山口は県原子力安全対策課の初代課長に就いた。課は再循環ポンプ損傷事故をきっかけに、原子力対策室から格上げされていた。
 山口は職員11人のまとめ役として、事故の原因調査や再発防止策について資源エネルギー庁、東電に進捗(しんちょく)状況を確かめる日々が続いた。課長を務めた2年間、安全確保協定に沿って、4回にわたって、福島第二原発の立ち入り調査に赴いた。
 山口は「立地県として、やれるだけのことをやろう、という強い決意があった」と振り返る。県は立ち入り調査の結果を基に、恒久的な再発防止策の早期確立、原子炉内に残る金属の徹底回収を東電に求めた。資源エネルギー庁には再稼働に向けて十分な安全評価を要望した。
 だが、山口ら職員は立ちはだかる壁を実感していた。「事故調査の徹底など、言うべきことは言ったつもりだ。ただ、法的にはどうにもならない、いら立ちもあった」。国や東電の担当者と話すたび、もどかしさを抱え込んだ。
 国は原発の安全規制の法的な権限を握る。県は要望はできても、国の判断に踏み込むことはできない。安全確保協定も国を拘束する力はなかった。県が主導権を握ることは難しく、東電の調査報告、国の評価を待つしかなかった。山口は「安全協定は言わば紳士協定。国に物を言える法的な関係が必要ではないか」と訴え続けた。

■「小さじ一杯」
 平成2年4月。東電は事故の再発防止策と金属の回収結果に関する最終報告書をまとめ、資源エネルギー庁と県、立地町に提出した。県庁で東電常務・原子力本部長の池亀亮が県保健環境部長の平原正道(76)に報告書を手渡した。
 東電は、回収できずに原子炉に残った金属粉について「極めて微細で少量。野球場に小さじ山盛り一杯のパウダー(粉)をこぼしたようなもの」と表現した。事故で発生した金属をほぼ回収し「再稼働に向けて不安はない」と強調した。
 3カ月後の7月。資源エネルギー庁は「原子炉などに残った金属は機器の安全性に影響を与えない」とする結果を公表した。東電の報告内容を認め、国として、原発の再稼働に向け、事実上の「ゴーサイン」を出したに等しかった。
 だが、県議会や県民から「県が独自に検討するべきだ」との声が上がる。
 「県として何を根拠に、運転再開を良し、とできるのか」。権限を持つ国が健全性を確認した東電の報告内容を、県があらためて確かめる-。運転再開の許認可権を持たない県は手探りで検証を始めた。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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