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【安全への問い掛け24】国策問う姿勢続く 「収束」「廃炉」難題残る

双葉町の岩本忠夫町長から原発の安全確認などの要望書を受け取る原子力安全・保安院の佐々木宜彦院長(左)=平成15年5月、富岡町

 「東京電力のトラブル隠しは私の人生で大きな出来事だった」。経済産業省原子力安全・保安院の初代院長を務めた佐々木宜彦(67)は、院長在任の平成13年から16年までを思い起こす。原子力安全・保安院は中央省庁再編に伴い、13年1月に発足した。原子力をはじめ、鉱山、火薬、コンビナートなどの産業保安、規制などを受け持ちとしている。
 東電のトラブル隠しを示す内部告発文書は旧通産省から原子力安全・保安院に引き継がれていた。佐々木は「調査を進めておいてくれ」と指示していた。だが、当初は東電が「事実は確認できなかった」などと説明し、確証をすぐには得られなかった。内部告発のようなデリケートな問題を、当事者の東電に調べるよう指示するなど、調査手法にも不備があった。佐々木は「明らかにミスを重ね、抜き差しならぬ方向に行ってしまったと思う」と悔やむ。

■推進と規制
 トラブル隠しの発覚後、佐々木は原発立地の本県や新潟県を何度となく訪れ、説明や謝罪を繰り返した。
 本県は原子力を推進する経済産業省内に、規制を担当する原子力安全・保安院が置かれていることを問題視した。職員が「推進」と「規制」の2つの組織の間を、人事異動で行き来していることも指摘した。
 これに対し、佐々木は「原子力は非常に専門的で、担当する職員が1、2年で十分には理解できない分野であり、人材育成には時間がかかる。一方、規制行政に携わる者が幅広い行政経験を持つことも理にかなっている」と説明する。
 原子力安全・保安院を経産省から切り離し、原子力安全委員会などと統合する新しい法律が去る20日に成立した。9月までに原子力規制委員会が発足し、規制の実務を事務局の原子力規制庁が担う。規制庁の職員は出身官庁に戻らない「ノーリターン・ルール」を当てはめる。
 新しい体制には、福島第一原発事故を受け、原子力行政の「推進」と「規制」の分離を、国の組織の上で、これまで以上に進める狙いが込められた。

■繰り返し
 トラブル隠しは、14年8月の発覚まで、十数年も前から続けられていた。その間、本県の原子力行政に大きな影響を与えた福島第二原発3号機の再循環ポンプ損傷事故(昭和64年1月)が起きていた。県外では、福井県の高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の事故や茨城県東海村のJCO臨界事故もあった。
 県はエネルギー政策検討会の中間取りまとめの報告書に、急きょ、トラブル隠しの項目を設けた。その中には「検討会で指摘してきたことが、まさに現実の問題として表に出てきた」との趣旨を盛り込んだ。
 「県や県民が安全への問い掛けや指摘をいくら続けても、国のエネルギー政策や、国と東電の体質はなかなか変わらなかった。大きな事故やトラブル、不祥事が起きて初めて、国や東電は謝罪し、そして取り組みを見直す。本県が関わってきた原子力をめぐる動きは、いつも、その繰り返しだった」。エネルギー政策検討会に携わった元県幹部は、半世紀近くにわたり原発に向き合ってきた本県の歴史をたどった。
 事故を起こした福島第一原発で、設備や機器のトラブルが続く。事故が収束したと見なすには程遠い。廃炉に向けた長い道のりには多くの難題が待ち受ける。県内には、廃炉にするかどうかが決まっていない原子炉もある。原子力の安全や国策を地方から問い続ける本県の取り組みに終わりはない。(文中敬称略)

 =第9部「安全への問い掛け」は終わります=

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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