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【推進と悔恨のはざま1】政府の対応遅れ懸念 元東電幹部焦り募らす

東日本大震災によって福島第一原発に押し寄せた津波。原発は未曽有の危機に陥った=平成23年3月11日、東京電力提供

 成田空港に向かっていた日航機は中国上空を飛んでいた。機長の声が響く。「関東地方で大きな地震が発生。どこに降りるか指示を待つ」。昨年3月11日午後4時半ごろだった。
 搭乗客の中に日本原子力産業協会理事長の服部拓也(68)がいた。協会は半世紀余り前に日本原子力産業会議として発足した。電力会社や原子力に携わる企業、原発立地県など約460の組織が参加している。
 服部は原発の新プロジェクト支援で赴いたアラブ首長国連邦からの帰途に就いていた。飛行機は上海の上空をしばらく旋回した。「日本で何が起きているんだ」。気がもめたが、機内で携帯電話の電源を入れることはできない。情報を得るすべはなかった。

■招集メール
 午後6時半ごろ、飛行機は関西国際空港に着陸した。
 服部は入国手続きを終え、協会事務局がある東京に急いで戻ろうとした。東海道新幹線は運転を見合わせていた。航空会社が手配した空港近くのホテルにチェックインした。
 部屋でテレビをつけた。巨大な津波の映像が繰り返し流れた。被害の大きさは、機内アナウンスの関東地方よりも東北地方が上回っている。「原発は大丈夫だろうか」。不安がよぎる。アナウンサーは「東京電力福島第一、福島第二両原子力発電所の原子炉は安全に停止した」と告げていた。
 携帯電話の電源を入れると、搭乗中に送られていたメールが画面に浮かび上がった。発信元は東京・霞が関にある原子力安全委員会事務局。「集まれるかどうか知らせてほしい」。委員会の緊急技術助言組織のメンバーに対する招集だった。
 正式な役職名は「緊急事態応急対策調査委員」。原子力災害が発生した場合、原子力安全委員会の委員5人に専門的な立場から助言する。原発施設や放射線計測、被ばく、環境影響など国内の専門家40人が名を連ねる。服部は「施設・実用発電炉」の担当だった。
 委員会事務局に電話をかけた。回線はパンク状態だった。

■「状況は悪化」
 地震発生から数時間後。テレビの映像は、官房長官(当時)の枝野幸男の会見を映し出した。福島第一原発について「(住民は)現時点で直ちに特別な行動を起こす必要はない。原子炉そのものに、今、問題があるわけではない」。
 ところが、その後のニュースで知らされた言葉に服部は耳を疑う。「電源を喪失」。福島第一原発で使われる電源がほぼ失われた。
 服部は、かつて東電副社長を務めた。原子力部門に長く籍を置き、福島第一、福島第二、柏崎刈羽(新潟県)の各原発に勤務した。
 原子炉は停止しても、燃料は熱を発し続ける。失われた電源をすぐに復旧しなければ、原子炉を冷やす機器や設備を動かせない。最悪の場合は、炉心にある燃料が溶け始める。「このままでは、状況は間違いなく悪化する。政府の対応は誤った方向に住民を誘導しかねない」。ミスリードへの懸念が心の中に広がった。
 原子力安全委員会事務局などに電話をかけ続けた。回線は復旧しない。一晩中、誰とも話せなかった。
   ×    × 
 福島第一原発事故から1年4カ月が過ぎた。国会や東電社内の事故調査委員会(事故調)に続き、23日に政府事故調が最終報告を公表する。福島第一原発に関わった元東電幹部の軌跡を追う。(文中敬称略)

【昨年3月11日の東京電力福島第一原発1号機をめぐる主な状況】
 ▼14時46分 東日本大震災発生、原子炉自動スクラム
 ▼15時27分 津波第一波到達
 ▼15時35分 津波第二波到達
 ▼15時37分 全交流電源喪失
 ▼19時03分 政府が「原子力緊急事態宣言」
 ▼20時50分 県が福島第一原発の半径2キロ以内の住民に避難を呼び掛け
 ▼21時23分 政府が福島第一原発の半径3キロ以内の住民に避難指示、10キロ以内に屋内退避を指示

※東電福島第一原発事故調査委員会(社内事故調)の最終報告書などを基に作成

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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