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放射線 放射性物質 Q&A 原爆被害の広島、長崎ではどのような対応を

 戦争中に広島、長崎で落とされた原爆では被爆地に大きな被害をもたらしましたが、現在では多くの住民が居住し、放射線被ばくが続いている話も聞いたことがありません。どのような対応をしたのかを教えてください。

【回答者】県放射線健康リスク管理アドバイザー・長崎大大学院教授(放射線医療科学専攻)高村昇さん

■放射線災害の知識ない中で医師は被爆者治療に当たる

 長崎に原爆が落とされた当時の医師や科学者には放射線被ばくや、放射線災害に関する知識はほとんどありませんでした。医師は医療器具の備えも不十分で急性放射線症の知識もあまりない中で被爆者の医療に当たらざるを得ませんでした。原爆で長崎市内は壊滅的な被害を受けたので除染作業はできません。そもそも当時は除染という考え方もありませんでした。
 原爆投下時の映像でキノコ雲が上昇していくのをご覧になったことがある方も多いと思います。長崎の原爆は地上約500メートルの高度で爆発し、高線量の放射線で多くの市民が被爆しました。原爆は爆発後、巨大な火玉となり、上昇気流によって上空に押し上げられました。原爆の中にあった放射性物質のうち90%は火玉と共に成層圏に上昇し、大気圏に広く拡散したと考えられています。残りの一部はすすと共に黒い雨となって降ってきましたが、当時、風があったので、雨は爆心地ではなく、長崎では爆心地より東方に多く降りました。
 現在、原爆によって降り注いだ放射性物質は現地にほとんど残っていません。1950年代~60年代を中心に行われた大気圏核実験により世界中に降った放射性降下物による微量の放射性物質との区別は困難です。また、現在、長崎市内で放射性物質が降り注いだ地区の住民の内部被ばくの状況をホールボディーカウンターで検査しても、放射性セシウムなどが検出されることはありません

カテゴリー:放射線・放射性物質Q&A

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