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【推進と悔恨のはざま7】トラブル続き陳謝 信頼関係今も自問自答

県原発所在町協議会でトラブルを説明する服部氏(左側中央)=平成12年8月

 平成12年6月に東京電力福島第一原発所長に就いた服部拓也(68)は、立地地域に対する説明とおわびの行脚を続けた。就任から1カ月ほどで福島第一、福島第二の両原発でトラブルが相次いだためだ。
 7月21日、茨城県沖地震が発生し、福島第一原発の周辺で震度4を記録した。6号機の気体廃棄物処理系で排ガスの流量が増加し、原子炉を手動停止した。ネジの加工ミスと金属疲労で細管の割れが生じ、地震の揺れで破断したことが分かった。
 東電は「地震による直接的被害で原子炉を止めたのは初めて」と認めた。「地震が主因ではない」と強調したが、原発の耐震安全性への信頼が揺らいだ。
 23日には福島第一原発2号機、25日に福島第二原発4号機でトラブルが起き、計3基が停止する事態に陥った。
 8月3日に楢葉町で県原発所在町協議会が開かれた。出席した双葉、大熊、富岡、楢葉の4町長と町議会議長を前に、服部は深々と頭を下げ、再発防止を誓った。

■関係づくり 
 服部は地域への説明と陳謝に追われる中で、双葉地方の町村長や議員との信頼関係づくりに努めた。住民と交流する機会が増え、相馬野馬追への参加、富岡町・夜の森の桜並木見物など地域の風物詩に触れた。「地域の発展、活性化に役立ちたい」と活動の幅を広げた。
 服部はその後、東電の常務技術開発本部長、副社長などを歴任した。退任後の平成18年6月に日本原子力産業協会副会長に就任し、19年9月から理事長を務めている。原子力産業と立地地域との関係づくりを協会業務の柱の1つに据えている。

■片付ける義務 
 福島第一原発に勤務していた時代を「東電と地域が相互に利益をもたらす関係に至っていなかった」と顧みる。昭和46年3月の1号機の運転開始から40年余りが過ぎた。この間、原発によって地域の人々が働く場が増え、県や市町村の財政を豊かにした。地域の原発に対する「依存度」は高かった。
 だが、その一方で、県内の原発立地地域には原子力に関連する産業が本格的に育つまでには至らなかった。服部は「地域の将来像について、十分に意見を交わせていなかった」と反省する。
 原発事故は、未曽有の被害をもたらしている。廃炉作業は今後、数10年にわたり続く。「(事故を起こした原発を)片付ける義務は産業界にもある。この先をどうするかを考えなければならない」。服部の自問自答は続く。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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