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【大熊町5年帰還せず】望郷...揺れる町民 除染、賠償早く 「仮の町」先行き見えず

多くの大熊町民が避難生活を送る会津若松市の仮設住宅。復興計画案の可決に町民の心は揺れる

 「5年は長すぎる」「古里を捨てたくない」-。大熊町の第1次復興計画が決まった21日、避難生活を送る町民には複雑な思いが広がった。見通せない古里の除染や賠償、「仮の町」の生活...。望郷の思いと5年という長い歳月とのはざまで揺れる。

■戻りたいが... 
 「寿命が先か、戻るのが先か...」。無職川井利治さん(78)は同市の仮設住宅で、東日本大震災後に親族が撮影した自宅近くの写真を眺め、ため息をつく。
 自宅は第一原発から約4キロ。先祖が眠る墓も町内にある。町に戻りたい気持ちはあるが、この年で「5年」という年月は長すぎる。
 町議会議長を務め、町商工会長として町の経済発展にも尽くした。「原発がなければ、町の発展はなかった」と、避難先で複雑な思いにかられる。
 現在は妻祥子さん(71)と2人暮らし。今後はいわき市や田村市などで生活し、町に戻ることを考えている。「古里を捨てたくない。戻れるなら、1日も早く戻りたい」と願う。
 「戻りたいが、震災前と同じような環境に回復するのだろうか」。会津若松市の仮設住宅に暮らす大熊町の無職星野明さん(77)は、中間貯蔵施設の調査候補地が自宅近くにあることを気にする。
 自宅は東京電力福島第一原発から数キロの場所。帰還困難区域に再編される見通しで、依然として放射線量が高い。「仮に線量が下がっても、安心して暮らせる環境になるかは疑問。水道や電気などインフラ整備も相当時間がかかるはずだ」と不安を口にした。

■新天地で 
 無職山本進彦さん(69)は震災前、町内で下宿所とスナック、居酒屋を経営していたが、廃業を余儀なくされた。震災から1年を迎えた今年3月、帰還を諦めた。「5年も帰れないのなら、もう戻らない」。町の復興計画案の可決で、その気持ちは一層強まった。
 今後は、現在入居している仮設住宅がある会津若松市で暮らそうと考えている。避難区域が再編されれば、生活再建には欠かせない財物賠償の手続きが始まる。市内で中古住宅を探すなど、今後の生活設計を考え始めた。
 「賠償をしっかりしてもらえなければ、新天地の生活も成り立たない。戻らないにしても不安は尽きない」とうつむいた。

■本当の町 
 「『仮の町』をつくるなら、早くしてほしい」。大熊町からいわき市の仮設住宅に避難する男性(66)は避難生活が長期化する中、「仮の町」の設置に時間がかかるほど、住民の一体感がなくなることを心配する。
 いわき市の鹿島町下矢田仮設住宅で自治会長を務める佐藤和弘さん(42)は「仮の町」がどんなものか、想像もつかないが、町役場の近くには住みたいと思う。避難生活を続ける上で生活の相談事をするには役場が近くにないと困る。一方で「仮の町がいわき市に設けられ町役場が移れば、反対に会津若松市に避難している町民には不便になってしまう」と難しさを指摘した。
 会津若松市の仮設住宅に住む大熊町の農業男性(62)は先祖代々、暮らしてきた町内に帰還できるよう、環境整備することが先決だと考える。「『仮の町』は要らない。本当の町が欲しい」と切実な願いを口にした。

カテゴリー:3.11大震災・断面

震災後に大熊町の自宅周辺を撮った写真を眺める川井さん

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