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【巨大津波 遅れた対策1】国、大地震の説明延期 研究データ伝わらず

東京電力福島第一原発に押し寄せる津波。発電所が浸水し、過酷事故の原因の一つとなった=平成23年3月11日撮影、東京電力提供

 県庁西庁舎8階にある県災害対策課の電話が鳴った。東日本大震災が起きる1カ月ほど前の昨年2月16日。受話器から聞こえてきた声は、国の地震調査研究推進本部の担当職員だった。
 「千年ほど前に巨大な地震と津波が起きていた。今後の地震活動の長期評価の対象に、この地震を加えるに当たって、福島県に説明したい」
 その地震は、平安時代に起きた「貞観(じょうがん)地震」を指す。現在の宮城県などに大きな被害をもたらしたと伝えられる。
 歴史や地震の研究者には知られていた。だが、本県の現在の防災対策づくりに当たって、検討のまな板に載せられたことはない。はるかに遠い歴史上の出来事で、県には科学的なデータが乏しかった。

■手掛かり
 貞観地震は歴史書「日本3代実録」に記されている。貞観11(869)年に発生した。地震とともに巨大な津波が起き、仙台平野などを襲った。清和天皇が救済のための詔(みことのり)を出した記述もある。現在の基準に当てはめると、マグニチュード8を超えると推定されている。
 ただ、地震や津波の規模、被害の範囲を現代の防災対策に具体的に反映させるには、歴史書の少ない記録からだけでは難しかった。
 茨城県つくば市にある独立行政法人・産業技術総合研究所(産総研)や国内の研究機関、大学は近年、この巨大地震に注目してきた。海岸近くの地層を調べた結果、津波で運ばれた堆積物などが水田の下の地層から見つかった。
 古文書だけでは分からなかった地震の規模や津波の浸水範囲などが最新の研究で徐々に明らかになってきた。産総研の調べで、東京電力福島第一原発から半径20キロ圏内にある南相馬市小高区などでも津波の痕跡が確認され始めていた。

■長期評価見直し
 国の地震調査研究推進本部は、産総研や大学などの調査結果を「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」に盛り込む予定だった。
 昨年3月か4月の地震調査委員会で長期評価を改める手はずを整えようとした。事務局が本県をはじめとする太平洋沿岸の各県、原子力発電所を持つ東京電力などの電気事業者への事前説明に入っていた。
 本県の災害対策課が国から電話を受けたとき、県は2月定例県議会の開会直前だった。国の担当者は「急いで説明したい」と申し入れた。3月上旬に会合を持つ方向で調整がついた。
 だが、会合の直前になって国の担当者から連絡が入った。「都合で行けなくなった。後日、あらためて説明に出向く」。東日本大震災の発生前であり、誰も切迫感を抱くことはなかった。

■募る歯がゆさ
 県と国の会合延期から数日後。「3・11」が起きた。県災害対策課で打ち合わせ中だった課長の小松一彦(57)は、かつて経験したことのない強烈な揺れに襲われた。「このことだったのか...」。目の前のテーブルにしがみつきながら、1カ月ほど前に国から入った電話を思い起こした。
 「仮に大震災直前に国から貞観地震の説明を受けていたとしても、わずか数日で具体的な防災対策につなげることは難しかった」。県の担当者は振り返る。歴史上の巨大地震の調査結果や研究成果を、国や県、市町村が詳しく分析し、それぞれの防災計画に反映させるには、少なくとも2年以上の期間を要するとみられたためだった。
 大震災から1年7カ月が過ぎようとしている。小松は県庁脇の県自治会館3階にある県災害対策本部への常駐を続け、被災者支援などに追われる日々を過ごす。国から県への説明予定が大震災と偶然にも重なった現実に、歯がゆい思いを今でも募らせる。「国からの説明がもっと早ければ、対策に生かせたかもしれない」
 貞観地震についての国と県の会合は大震災後も、まだ開かれていない。
   ◇   ◇
 地震の多い島国・日本は古くから津波にさらされた。最近は、古文書に残る津波の記録や、地下の堆積物などを手掛かりにした研究が進んでいた。東日本大震災の津波は多くの命を奪い、東京電力福島第一原発を襲った。国や県、市町村、東電の津波対策はどこまで行われ、何が足りなかったのかを追う。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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