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【巨大津波 遅れた対策2】過去の事例少なく 専門的な研究進まず

 「発生回数の多い地震への備えが優先されがちだった。津波は事例が少なく、対策を講じにくかった」。県災害対策課長の小松一彦(57)は地震と津波に対する県の取り組みの歴史を振り返る。
 昭和47年3月、県は「福島県災害誌」をまとめた。災害対策課の前身である消防防災課の発足10周年を記念して編集した。各地に伝わる歴史書や古文書などをたどり、奈良時代からの火災や噴火、暴風、豪雨、豪雪、洪水など合わせて1417件を取り上げた。その後の調査や研究の成果もあって、県災害誌に掲載されていなかった災害も明らかになっている。

■歴史の証言
 県が現在、つかんでいる主な地震のうち、慶長16(1611)年9月には会津地方で強い地震が起きた。山崩れや人家倒壊が多数発生し、死者は3700余名に達したとされる。山崩れで93人が圧死したとも記されている。
 同じ年の12月に起きた津波によって、相馬領で死者700人が出たとされる。小松は「記録に残っている津波の被害では、最大ではないか」との見方を示す。
 昭和35(1960)年5月のチリ地震津波では死者4人を出した。ただ、最近、研究が進んでいた平安時代の貞観地震は県災害誌には、まだ記録されていなかった。

■解析これから
 小松が過去の大きな被害の中で注目している災害がある。元禄9(1696)年の地震だ。「磐城地方に強い地震があり、小名浜に高潮が来た。死者2450」との記述が残る。
 「記録からだけでは、地震と高潮の因果関係は分からない。高潮でこれほど多くの命が奪われるのだろうか」。小松は「高潮」は「津波」の誤りではなかったかとの疑問を抱く。津波なら内陸部まで海水が押し寄せて多くの人命を奪う可能性がある。「高潮による広域的な浸水は考えにくい」と推測する。
 ただ、小名浜の高潮に関する専門的な研究はまだ進んでいない。科学的な解析はこれからだ。津波対策は、規模や浸水範囲などの被害を想定した上で講じなければ、現実的な対策にはならない。科学的なデータが不可欠だが、歴史上の被害の多くは古文書や言い伝えの範囲にとどまっている。
 県の防災対策担当者は「発生がまれで、データがまだ十分にそろっていない津波への備えは、漠然とならざるを得なかった」と悔やむ。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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