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乗員思いの船主 男たち支えた妻

■相馬市尾浜 佐藤巳之治さん(75) 洋子さん(73)
 巳之治さんは半世紀にわたって相馬の海を相手に働いてきた。愛船「明神丸」(19トン級)で底引き網漁を続け、乗組員とヒラメやカレイ、カニなど季節の魚を捕った。洋子さんは家事を担いながら地元の市場で働き、船主の妻として男たちの海の仕事を支えた。
 2人は見合いで知り合い、娘2人と息子1人の子どもに恵まれた。巳之治さんは家族思いで優しい父親だったが、漁師らしく行動派で気が短い「たんぱら」な性格。洋子さんも負けなかった。「浜の夫婦」らしい、ささいな言い合いはしょっちゅうだった。
 そんな両親を長女順子さん(50)は「根っこではつながっていて、一から十まで分かり合っていた」と振り返る。自然を相手にした海の商売は常に順風満帆とはいかず、そのたびに2人で相談。乗組員の生活を優先して切り盛りしていた。
 巳之治さんは65歳で漁師を引退後、手足を思うように動かせない病気を患った。入院生活を経て自宅で療養していた。
 震災当日は午後に入浴の介護サービスを受ける予定だった。同居する順子さんは南相馬市へ、漁業を継いだ長男の雅宣さん(47)は宮城県へ用事を済ませに出掛けた。地震直後の混乱の中、雅宣さんの携帯電話に洋子さんから連絡が入る。ようやくつながった電話だった。「家の中がグチャグチャだから早く戻ってきて」。それが最後の会話になった。
 一方、順子さんは帰宅途中の相馬市の磯部地区で車ごと津波に巻き込まれた。幸い、無事だった。
 自宅周辺は大津波で様子が一変していた。「きっとどこかで助けられている」。雅宣さんと順子さんは市内に嫁いだ、きょうだいの堀本早苗さん(49)と共に避難所を捜した。県内外の遺体安置所も回った。
 2週間余りが過ぎた昨年3月29日、洋子さんと市内の安置所で無言の再会をした。同4月15日には巳之治さんが発見された。
 波をかぶりながらも無事だった順子さんは親戚に「両親や先祖に『佐藤家を守れ』と救われたんだ」と諭された。
 平成21年1月に自宅で撮影した写真には、成人式を迎えた孫の堀本美鈴さん(23)の成長を喜ぶ巳之治さんと洋子さんが映る。今年8月28日、順子さんの孫・優菜ちゃんが生まれた。巳之治さんの誕生日と同じだった。優菜ちゃんが今の佐藤家の笑顔の中心となっている。

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