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心優しき元自衛官 夫婦旅行の航空券離さず

■相馬市尾浜 五十嵐利雄さん(67) 哲弥さん(84)
 震災直後の相馬市尾浜地区-。利雄さんと妻ひで子さん(64)、ひで子さんの叔父の哲弥さんは、家の前の大木につかまり、手をつなぎ合っていた。3人は必死で大津波の第一波に耐えた。
 ひで子さんが目の前に流れてくる車や木片に驚いていると、はるかに大きな第二波が迫り、のまれた。「ひで子ー、ひで子ー」。利雄さんの叫ぶ声が聞こえた。哲弥さんとも手が離れた。ひで子さんは水中で、うっすらと見える光に向かい懸命に水をかいた。一命を取り留めたひで子さんは消防団員に発見され、近くの病院に入院した。「夫も叔父もきっと助かっているはず」。願いはかなわなかった。哲弥さんは2日後、利雄さんは4月1日にそれぞれ、自宅から約500メートルの場所で発見された。
 利雄さんは新潟県出身。相馬市尾浜で民宿を営むひで子さんの実家に婿入りした。昭和38年に航空自衛隊に入隊。埼玉県などに勤務し、単身赴任が多かった。60年の日航ジャンボ機墜落事故では不眠不休で後方支援に当たった。
 温厚な性格だった。家庭で口数は少なかったが、職場の同僚からは「いつも人を笑わせる面白い人だった」と聞いた。平成17年に危険業務従事者叙勲を受章した。利雄さんはひで子さんと一緒に立谷秀清市長に報告した。利雄さんは退職後、市内のショッピングセンターに勤め、家族と穏やかな日々を送っていた。
 哲弥さんは相馬市生まれ。利雄さん宅に同居していた。以前は漁業や土木関係の仕事に携わっていた。きれい好きで、家の草むしりなどを手伝っていた。
 利雄さんについて長女の荒基恵さん(38)は「父に会えるのは月に1回程度だった」と小学校時代を思い返す。毎月、ひで子さんとJR相馬駅に迎えに行った。利雄さんは必ずお土産を買ってくる。文房具が多かった。「ちゃんと勉強しろって意味だったのかも」。電車から降りて抱き上げてもらう時の、利雄さんの優しい表情が今も浮かぶ。
 利雄さんとひで子さんは昨年5月、北海道旅行を計画していた。自衛隊時代の同僚との同級会も開かれる予定で、当日を楽しみにしていた。最初の津波をかぶった時、利雄さんの片手には航空チケットが入ったバッグが握られていた。「何もかも捨てて、もっと早く逃げれば良かった。どうしてできなかったんだろう」。1人になると、涙がこぼれた。
 震災から1年半となった9月、ひで子さんは相馬市で体験と教訓を伝える「語り部」として歩き始めた。災害で不幸になる人がもう出ないよう願いを込めて。
 <お父さん、私が語り続けていくからね>

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