東日本大震災

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水門管理で初の労災申請 南相馬の津波犠牲者遺族

 東日本大震災で南相馬市新田川河口の農業用排水機場の水門を閉じる作業に向かい、津波にのまれた同市原町区下渋佐、漁業桜田房信さん=当時(67)=の遺族は18日までに相馬労働基準監督署に労災を申請した。水門管理人の労災申請は県内初めてとみられる。
 排水機場は市の施設で、南相馬土地改良区が管理している。報酬は月約2万~4万円で、大雨や台風、大潮の時に、新田川支流の渋佐川の水門を開閉していた。桜田さんは震災の後「みんなの命を守る」と言い残して排水機場に向かった。行方不明のまま、4カ月後に死亡認定を受けた。
 改良区は死亡時補償500万円の損害保険に加入していたが、自然災害は免責となるため支払われなかった。遺族は改良区から3万円の見舞金を受け取っただけだった。
 住民に避難を呼び掛けた消防団員には約3000万円の災害補償金が支払われている。桜田さんの妻ヨシ子さん(63)は「津波から地区民を守ろうとした夫が救われない」と語る。
 改良区の米津教喜参事は「台風や大雨しか想定していなかった。保険会社と交渉したが保険金が下りなかった」と話している。市内で津波の犠牲になった水門管理人は、桜田さんと原町区金沢、農業遠藤芳恭さん=当時(40)=の2人だった。

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