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親子で優れた技術 常磐道などを整備

■南相馬市小高区村上 佐藤栄さん(72) 啓さん(44)
 栄さんと長男の啓(あきら)さんは優れた技術で高速道路などの工事現場を支えた。
 岩手県出身で農家の三男だった栄さんは中学卒業後、左官業で身を立てようと北海道の親方に弟子入り。そのころ、相馬市出身の妻フクイさん(70)と出会った。結婚当初の住居は4畳半1間だった。経済的には苦しかったが、2人で支え合った。「今思えば幸せだった」とフクイさんは語る。
 栄さんは余計なことは一切語らない性格だったが、手先は器用で責任感が強かった。左官技術や現場指導員などの資格を取得していた。仕事先に迷惑を掛けないことが信条で、体調が悪くても現場に向かった。
 啓さんは体格に恵まれ、小、中学校時代は同級生と比べ、頭一つ抜け出すほど大きかった。北海道出身の相撲部屋の親方に見込まれて中学2年の時に上京。卒業を待って入門した。しかし、持病の腰痛に悩まされた。3年で引退して北海道に戻り、栄さんの指導を受けながら左官の技を学んだ。
 栄さんらは平成元年に家族で静岡県に転居し、高速道路のフェンスやガードレールの設置工事に励んだ。同6年にフクイさんの実家に近い南相馬市小高区に住居を求めた。啓さんは結婚して埼玉県へ。長女が生まれ、工事現場を管理するまでになった。
 地震は栄さんと啓さんが常磐自動車道建設工事で南相馬市にいた時に起きた。栄さんは工事現場で作業中で、フクイさんを心配し小高区の自宅に戻った時に津波に襲われた。啓さんは原町区の事務所から工事現場に向かう途中に大きな揺れを感じた。工事現場に到着したところ、栄さんが自宅に戻ったと聞いて後を追い、途中で津波に遭ったとみられている。
 栄さんは震災から1カ月後の4月中旬に自宅の近所で見つかった。小指には、夫婦を結ぶ指輪があった。1週間後、啓さんも小高区内で見つかった。
 70歳を超えた栄さんは啓さんの成長を見届け、年内で仕事を引退しようとしていた。「体が元気なうちに旅をしよう」と、震災後の4月には休みを取ってフクイさんとの思い出がたくさん残る北海道に出掛ける予定だった。

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