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出稼ぎ、家族守った父 内職で家計助けた母

■南相馬市小高区井田川 宮口貝治さん(75) キクさん(76)
 貝治(ともはる)さん、キクさんは長男の公一さん(55)と3人暮らしだった。震災発生時、公一さんは仕事で不在。自宅には貝治さんとキクさんがいた。近所の住民が一緒に避難するよう2人に声を掛けたが「家の片付けをしてから行く」と動かなかったという。
 南相馬市小高区井田川出身の貝治さんは地元の福浦中を卒業後、農業を継いだ。約1・8ヘクタールの水田でコメ作りに精を出した。昭和30年ごろに葛尾村出身のキクさんと結婚。当時は貝治さんの両親と祖父母が同居しており、公一さんと長女が生まれてからは、四世代8人でにぎやかに暮らした。
 貝治さんは農繁期以外は出稼ぎで全国を飛び回った。高度経済成長期、各地で子どもたちが駆け回るグラウンドの造成などに携わった。公一さんは「怒られたことがない」と穏やかな性格だった貝治さんのことを振り返る。
 貝治さんが家を空けた際は、キクさんが家事、水田の手入れ、子育てなどを一手に引き受けた。不在の父に代わり、子どもたちを叱ることもあった。縫製などの内職もこなし家計を助けた。地域では婦人会長を務めたことがあり、自宅にはしばしば住民が集まって、お茶を飲みながら会話を弾ませていた。
 「自分で捜せなかったのが一番悔しい」。南相馬市原町区の高見町第一仮設住宅の1室で暮らす公一さんは、部屋に安置している父貝治さんと母キクさんの遺骨を前に、東京電力福島第一原発事故の影響で思うように捜索できなかった無念さを口にする。
 公一さんは来年の三回忌の法要に合わせ、市内小高区浦尻にある墓に2人の遺骨を納めることを考えている。ただ、地盤沈下があった浦尻地区の復興はまだ遠い。福島第一原発に近いこともあり「早く入れてあげたいが、安心してゆっくり眠れるかどうか。仮設住宅の今の状態の方がまだいいのではないか」と悩み、毎日手を合わせている。

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