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野馬追の「御先乗」 大工の棟梁 仕事に厳しく

■南相馬市小高区大井 志賀清さん(76)
 清さんは5年ほど前に腰を痛め、車椅子での生活を送っていたが、もう1度歩けるようにとリハビリに励んでいた。けがをする以前は大工の棟梁(とうりょう)。3人の弟子がおり、仕事に対しては自分にも弟子にも厳しく臨んだ。
 馬が好きで自宅で飼っていた。楽しみは年に1度の相馬野馬追。10年ほど前まで出場した。最後の年は行列の先頭を進み、ペースの調整や観客・騎馬武者の安全を確保する「御先乗(おさきのり)」の重責を担った。十分な力量があると認められたベテラン武者の証しだった。引退後は、妻綾子さん(74)と観戦してきた。
 地震の際、綾子さんは近所で買い物をしていた。自宅のベッドに寝ている清さんが心配ですぐに戻った。清さんのリハビリを頼んでいる民間の訪問看護施設の男性担当者も駆け付けた。清さんは無事で「大丈夫だ」と答えた。
 家の外から高台に逃げるように呼び掛けるアナウンスが聞こえた。清さんを車椅子に乗せて外に出ようとしたその時、津波に襲われた。波は天井付近まで押し寄せ、3人とものまれた。綾子さんと男性担当者は浮いていた1畳ほどの大きさの発泡スチロールの板につかまり、九死に一生を得た。
 水が引くと、清さんは家の中に車椅子から投げ出された状態で倒れていた。男性が人工呼吸を繰り返したが息は戻らなかった。
 綾子さんは「びっくりして涙すら出なかった」と振り返る。最初は清さんを亡くしたショックから話すこともできなかったが、南相馬市の仮設住宅に移り、近所の人と話すようになって少しずつ心が癒やされてきている。
 清さんは生前、綾子さんを名前で呼んだことがないという。「きっと照れて呼べなかったんだろうけど。それでも1回は呼んでほしかった」。仏壇に置かれた写真に納まる武者姿の清さんに話し掛けた。

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