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【国策への異議14】津波、電源喪失に驚き 当時の争点振り返る

福島原発訴訟の判決文を見ながら当時を振り返る木原さん

 東日本大震災が起きた平成23年3月11日、弁護士の木原幹郎(73)は宮城県岩沼市にある自らの法律事務所にいた。
 東京電力福島第一原発の事故を知り、衝撃を受けた。その後、日々の報道で接する福島第一原発の悪化を見ながら、同時に、福島第二原発も気になった。
 かつて、仙台高裁で裁判官を務めていたとき、福島第二原発の設置許可をめぐる「福島原発訴訟」に関わった。審理は、裁判官3人よる合議制で進められた。木原は、裁判長から見て、その左側に座る「左陪席」の裁判官だった。
 平成2年3月に出された仙台高裁の判決は、原告である住民側の控訴を退ける棄却だった。最高裁も上告を棄却した。訴訟は、司法が政府の安全審査に"お墨付き"を与えた形で終わった。

■科学
 木原は台湾・台北市で生まれた。父が台湾総督府で鉄道関係の仕事をしていた関係で、幼少時代は台北市内で過ごした。終戦後、木原は家族と一緒にアメリカの軍用船「リバティー」に乗せられて、本土に送還された。
 学習院大在学中に司法試験に合格し、昭和39年に判事補となった。最初の赴任地は岡山地裁だった。
 この年、東京オリンピックが開かれ、東京-新大阪駅間を結ぶ東海道新幹線が開業した。
 テレビで21世紀を舞台にロボットが活躍する「鉄腕アトム」が放映されていた。「多くの人が科学技術に対してロマンを抱き、原子力もエネルギーとして平和利用することには希望を持っていた時代だった」。木原は、当時の時代の情景を回想する。
 本県では、同じ39年、東電が福島第一原発の建設計画を発表し、2年後の昭和41年、政府が1号機の原子炉設置を許可した。

■耐久性
 二審判決から20年余りが過ぎた今年1月、木原は自らの事務所で、法律雑誌に掲載された福島原発訴訟の判決文に目を通した。
 二審で審理が行われていた当時、福島第一原発でトラブルが頻発していたことを思い出した。
 木原は二審の争点について「原子炉や配管の金属が高温高圧に対して耐久性があるのか、または配管の破損による冷却水漏れが起きないのかといった、金属疲労耐久性がテーマの1つだった」と記憶をたどる。
 木原は福島第一原発事故の決定的な原因が「津波による全電源喪失」であった、と後日、知った。「あまりにも初歩的なミスではないか」と驚きを隠せなかった。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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