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【国策への異議18】事故前も訴訟で指摘 「警告が福島で現実に」

日比谷公園や官庁街を一望できる事務所で、河合さんは時折、飯舘村の村民歌を口ずさむ

 阿武隈の山あいにある飯舘村は、東京電力福島第一原発事故で計画的避難区域に指定された。
 事故から半年余りが過ぎた平成23年10月。村役場前に1人の男性が姿を見せた。東京に事務所を構える弁護士、河合弘之(68)。事故前から数多くの原発訴訟に関わっている。
 「福島県に何が起きているのか」。自ら確かめるために県内各地を巡っていた。村役場前で、村民が「心和ませ地蔵」と呼んでいる石像に気付いた。地蔵の頭に触れると、子どもたちの美しい声で飯舘村の村民歌が流れてきた。
 河合は感極まり、涙が止まらなかった。村が作り上げてきたブランド牛など、村の名産品が思い浮かんだ。美しい村は放射性物質で汚された。「東電はどうやって責任を取るんだ」

■村民歌
 河合の事務所は、東京・日比谷公園を一望する内幸町のビルの16階にある。公園を挟んだ向かい側をはじめ周辺には、霞が関の中央省庁が立ち並ぶ。
 「山美しく 水清らかな その名も飯舘 わがふるさとよ」
 河合は、その事務所で、約300キロ離れた飯舘村の村民歌を口ずさむ。「心和ませ地蔵」から流れた村民歌を、携帯電話にダウンロードした。
 機会があるたびに聴いているうちに、知らず知らず、口ずさむようになった。

■浜岡
 河合は東日本大震災の発生時、自らの事務所にいた。
 事務所がある千代田区は震度5強だった。必死で日比谷公園に避難した後、中部電力浜岡原発(静岡県)が真っ先に浮かんだ。「東海地震が想定されていたので、一番危ないと思っていた」
 14年4月、浜岡原発の周辺住民は、運転差し止めの仮処分を静岡地裁に申し立てた。翌15年7月には本訴を提起した。河合はその弁護団長を務めていた。仮処分から本訴を出すまでの間には、東京電力福島第一原発などのトラブル隠しが発覚していた。
 震災の発生から間もなく、河合は福島第一原発の「全電源喪失」のニュースに接した。浜岡ではなく福島だったのが意外だった。
 「日本の原発は同時多発故障に対する備えができていない」。河合は福島第一原発事故が起きる前から、多くの訴訟で主張してきた。「われわれが恐れていたことや、警告してきたことが、福島でそのまま起きてしまった」と感じた。そして「国内の原発すべてを止めないといけない」という気持ちを抱いた。

■停止要請
 浜岡原発の運転差し止めを求めた訴訟は「東海地震の規模」「耐震安全性」「経年劣化による強度低下」などを争点に審理を繰り広げた。
 19年10月、静岡地裁は「原告らの生命、身体が侵害される具体的危険があると認められない」として原告の請求を棄却した。
 福島第一原発事故後から2カ月近くが過ぎようとした23年5月上旬、首相の菅直人(66)は浜岡原発の全面停止を中部電力に要請した。中部電力は要請を受諾した。「僕らの浜岡原発差し止め訴訟の運動がなければ、菅首相の要請もなかったはず」。河合はそう振り返る。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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