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着付け、野菜作り楽しむ ベトナム交流に力注ぐ

■南相馬市鹿島区烏崎 阿部スミイさん(79) 義重さん(63)
■いわき市植田町 太田キミイさん(70)

 スミイさんは南相馬市鹿島区烏崎の自宅で長男義重さん、兄の長女の太田キミイさんと共に津波に襲われた。
 スミイさんは市内原町区出身で、鹿島区の阿部家に嫁いだ。夫の敬さんを病気で亡くした。仙台市の着物教室に通ってから着物が趣味になり、魅力に引き込まれた。自宅で着付け教室を主宰し、震災のあった平成23年は、満30年の節目の年だった。前年の秋には念願だった着物ショーを市内で開催した。十二単(ひとえ)などの着付けを披露し、称賛された。
 地域活動にも参加した。ボランティアでお年寄りのマッサージをしたり、烏崎老人会の副会長を務めたりした。自宅の畑ではキャベツやニンジン、セロリなどさまざまな種類の野菜を作った。
 義重さんは「かしま&ベトナム交流会」の事務局長として国際交流に力を注いだ。毎年7月の相馬野馬追の時期にベトナムの大学生を招く事業では、ホームステイを受け入れ、観光に連れて行くなど温かくもてなした。思いやりがあり、世話好きな性格だった。ベトナムの大学生からも「阿部お父さん」と慕われた。講習会に参加したことがきっかけで、そば打ちが好きになり、大みそかなど機会があると振る舞った。
 キミイさんは原町区出身で、結婚していわき市に移った。明るい性格で行動力があった。喫茶店を営み、畑で作物を育てていた。旅行も好きで趣味が多かった。夫を亡くした後は、姉妹のように仲の良かったスミイさんの影響で着付けを始めた。スミイさんから習うために鹿島区に出掛けることが多かった。震災時も訪れていた。いとこになる義重さんが幼いころは子守りを買って出た。スミイさんの長女佐藤敬子さん(62)が小学5年生の時にはパジャマをプレゼントするなど親戚思いだった。
 スミイさんの次男で、県囲碁連盟常任幹事などを務めた友宏(ゆうこう)さん=当時(56)=も津波で亡くなった。

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