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命懸け避難促す 消防、神楽太鼓...地域支え

■南相馬市小高区浦尻 渡部祥太さん(23)

 祥太さんは地元の消防団員として活躍していた。震災当日、祥太さんは祖母ハルイさん(73)を心配し小高地区にある勤務先の部品製造会社を早退、車で自宅に向かった。ハルイさんは父秀一さん(49)と一足先に避難所となった浦尻公会堂に向かっていた。消防団の法被を着て駆け付けた祥太さんは、近所で暮らすお年寄りがまだ避難していないことを知った。「顔見知りの自分が助けに行かなきゃ」
 お年寄りを見つけ、車に乗せて走りだした。小高区浦尻の海沿いの県道を運転していたところ、大津波に襲われた。約1カ月後の4月24日、道路から西へ250メートルほど離れた田んぼで車が見つかった。祥太さんは車の近くで発見された。後部座席では、避難させようとして乗せた近所に住む1人暮らしのお年寄りの女性が亡くなっていた。
 秀一さんは、祥太さんが地区内で津波から避難するよう懸命に呼び掛けていた話を住民から聞いた。「祥太のおかげで助かったと言う人が何人もいた」
 祥太さんは秀一さんと母浩子さん(52)の長男として生まれた。小学3年から野球を始め、小高中時代には投手として全国大会に出場した。小高工高を卒業し、仙台市の専門学校で学んだ後、地元に戻り就職した。
 消防団活動のほかにも地域の活動に積極的に参加した。浦尻青年団に所属し、浦尻神楽保存会では太鼓を担当した。毎年1月3日は忙しかった。午前5時から日が暮れるまで、厄年の住民がいる家を1軒1軒回り、神楽の舞に合わせてばちをたたき、お払いした。浩子さんは「昔から伝わる風習や行事が好きだった」と話す。
 家族への思いやりにもあふれていた。休日はハルイさんに声を掛けた。「買い物に行くかい」。2人で浪江町のショッピングセンターや衣料品店に出掛けた。2つ年下の妹麻衣さん(23)にとっては優しい兄だった。成人してからもキャッチボールやバレーボールをするほど仲が良かった。麻衣さんは祥太さんが会合に出席する際、よく送っていった。帰り際「暗いから気を付けて帰れよ」といつも気遣ってくれた。
 祥太さんの遺骨はハルイさんが住む市内鹿島区の仮設住宅に置かれている。3回忌となる今年、秀一さんは立ち入りができるようになった小高区にある墓地に納骨するつもりだ。11日は家族全員で市の追悼式に出席する。「10年たっても悲しみは変わらないかもしれない。でも、少しずつ前を向かないと」と気持ちを切り替えようとしている。

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