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(21)妻の自殺責任問う 東電の反論に悔しさ

第3回口頭弁論に出廷するため福島地裁に入る幹夫さん=2月26日

 東京電力福島第一原発の事故は多くの人々から夢や未来を奪った。避難生活に将来を悲観して自ら命を絶った人もいる。彼らはどんな気持ちで自殺を選んだのか。残された家族は何を思うのか。
   ◇  ◇
 2月26日、福島地裁。川俣町山木屋の渡辺はま子さん=享年(57)=が原発事故後に自殺したことに、東京電力の責任があるかを争う訴訟の第3回口頭弁論が行われた。
 「個体側の脆弱(ぜいじゃく)性も影響していると考えられるから、考慮した上で相当因果関係の有無を判断すべき」。請求棄却を求める東電側の代理人は、はま子さんの内面の弱さが自殺につながった可能性を指摘した。
 「東電は妻の死に責任を感じていないのか。事故がなければ妻は死ななかった」。はま子さんが平成23年7月1日に焼身自殺して約1年8カ月。原告として口頭弁論に出廷した夫幹夫さん(62)は、東電の反論に悔しさばかりが募った。
 平成23年3月14日夕方、川俣町山木屋の幹夫さん宅は3日ぶりに停電から復旧した。テレビ画面は爆発して黒煙を上げる3号機を映し出していた。
 自宅近くの114号国道は双葉郡からの避難者の車であふれていた。「普通の状況ではねえ」。幹夫さんは妻と長男、次男に避難を訴えた。15日朝、自宅の農機具に残っていたガソリンをかき集めて出発した。
 近くの避難所は双葉郡などからの人々でいっぱいだった。行くあてが見つからず、日が暮れた。福島市のスーパー駐車場に車を止め、一夜を明かした。
 「早く落ち着き先を見つけねえと」。ガソリン不足で暖房を掛けられない車内で、はま子さんの声は不安と寒さで震えていた。
 16日には磐梯町の体育館に身を寄せたが、5日後、山木屋の自宅に戻った。近所の住民が自宅に戻りつつあると聞いたからだ。
 はま子さんは自宅に帰り安心した様子を見せたが、つかの間だった。川俣町のうち放射線量の高い山木屋は計画的避難区域に指定され、住民約1250人の避難が決まった。
 再避難先の福島市小倉寺のアパートには、6月12日に引っ越すことになった。長男と次男は二本松市など勤務先近くに移り、家族は離れ離れになった。
 「おめえら大丈夫か」。はま子さんは息子たちに洗濯物の畳み方やご飯の炊き方を教えた。避難生活への自身の不安をこらえ、息子2人の生活を案じていた。
 「寝て、朝起きて目が覚めない方が楽だ」。はま子さんは長男にそんな言葉を漏らしていた。心の闇はこのころから深まっていった。

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