東日本大震災

「原発事故関連死」アーカイブ

  • Check

(22)自宅も職場も失い 「山木屋に帰りてえ」

はま子さんが自殺する前日に一時帰宅した山木屋の自宅

 計画的避難区域に指定された川俣町山木屋から福島市小倉寺に避難した渡辺はま子さん=享年(57)=にとっては、初めてのアパート暮らしだった。
 「話し声がでかい」。はま子さんは何度も夫の幹夫さん(62)に注意した。八部屋あった山木屋の自宅と比べるとアパートは狭く、隣人に気を使わなければならなかった。
 夫婦で勤務していた山木屋のニワトリ飼育農場は計画的避難のため、平成23年6月17日に閉鎖することが決まった。平成12年に新築した自宅のローンはまだ残っていた。
 「仕事がなくなった。借金をどう返せばいいんだ」。はま子さんの心には将来への不安が重くのしかかっていた。
 職を失い、はま子さんはアパートに閉じこもるようになった。幹夫さんが外出に誘っても断り、居間で力なく横たわっていた。
 「周りから見られる。田舎者で服装がおかしいからだ」。買い物に出ると他人の目を気にして、何も買えずに帰宅してしまった。食欲はうせ、見るからにやつれていた。
 6月26日から3日間、幹夫さんは親類や知人の葬儀が続き、帰宅は連日夜になった。
 3日目の夜。幹夫さんが戻ると妻の目は赤く、泣き腫らしたようだった。「どうして早く帰らなかった。山木屋に戻りてえ」。はま子さんはせきを切ったように泣きだした。
 気晴らしが必要だった。計画的避難区域の山木屋では宿泊は認められていないが、2人は6月30日、山木屋の自宅に1泊することにした。
 自宅への途中、はま子さんに服をプレゼントしようと川俣町内の衣料品店に寄った。「何でも買っていいよ」。随分と迷った末に、はま子さんが選んだ6着のワンピースは、全部同じ服の色違いだった。
 「明日もずっと残る。あんた1人で帰ったら」。はま子さんは、幹夫さんに言い放った。「ばか言ってんでねえ」。楽しいはずだった帰宅の夜が口論になってしまった。
 食事を終えて床に就くと、はま子さんは横で泣きじゃくり、幹夫さんの手をつかんで放さなかった。
 夜が明け7月1日午前5時ごろ、自宅の敷地内にあった焼却場で火柱が上がった。庭で草刈りしていた幹夫さんは、妻が何か燃やしているのだと思った。
 まさか、焼身自殺とは想像しなかった。

カテゴリー:原発事故関連死

「原発事故関連死」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧