東日本大震災

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再開の学びや巣立つ 3年ぶり本校舎で卒業式

3年ぶりに広野町内の本校舎で卒業式が行われ、在校生や教職員らの見送りを受けて巣立つ広野小の卒業生

県内の公立小学校で22日、一斉に卒業式が行われた。東京電力福島第一原発事故で一時、避難した広野町の広野小と川内村の川内小は、避難先から戻り、初めての巣立ちを迎えた。児童らは、古里の本校舎で友達と共に卒業できた喜びをかみしめた。避難生活の苦難をばねに、夢に向かって飛躍することを誓った。(27面に関連記事)
 広野町の広野小は原発事故後、いわき市の中央台南小に間借りして授業をした後、昨年8月の二学期から町内に戻った。本校舎での卒業式は3年ぶりとなった。
 6年前に入学した53人のうち、避難などを経て同校から巣立ったのは12人だけ。卒業式を終え、在校生や教職員らの見送りを受けながら校舎を後にした。六年の担任の井戸川浩教諭(49)は「つらいことはたくさんあったがみんな頑張った。1年前には厳しい表情をしていた子も今は穏やかな明るい表情になった」と話した。
 卒業生の一人、園部隆太君(12)は4月から、いわき市内の中学校に通う。プロ野球選手になる目標のためだ。
 二年生の時、町内のスポ少で野球を始めた。震災と原発事故が起き、家族といわき市に避難し、避難生活の中でも市内のスポ少で野球を続けた。広野中の野球部は郡内屈指の強豪だった。しかし、同校は原発事故で生徒数が事故前の一割強まで減り、野球部は休部状態が続いている。「野球部に入って力を試したい」。悩んだ末にいわき市の中学校への進学を決めた。
 「友達と離れるのは寂しいけど、日本代表の選手になって世界中の国のチームと対戦したい」と将来に目を向ける。
 川内村の川内小も昨年4月に村の本校舎に戻り、3年ぶりに村内での卒業式を迎えた。入学時に約20人いた児童のうち6人が卒業した。卒業生の井出桃香さん(12)は昨年の運動会で児童みんなでバトンをリレーしたことが一番の思い出だ。震災後、栃木県内に避難したが、地元での学校再開に合わせて川内村に帰った。「最高の1年だった」と帰村後を振り返った。4月には村内の川内中に進学する。

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