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今を生きる 苦楽胸に仮校舎去る 生徒の存在が支え 君たちが私に勇気と元気をくれた。本当にありがとう

離任式後、生徒と保護者から花束を受ける鈴木さん(中央)。会津若松市の仮校舎で過ごした1年8カ月を振り返り、感慨深げに校舎を後にした

■若松の大熊中離任 教頭鈴木隆さん 48

 別れの花束を受け取ると突然、熱いものが込み上げてきた。自分に向かって何度も手を振る生徒の姿がかすむ。「君たちが私に勇気と元気をくれた。本当にありがとう」-。忘れられない会津の春になった。
 27日、移転先の会津若松市にある仮校舎で行われた大熊町・大熊中の離任式。同校を去る教頭鈴木隆さん(48)の脳裏には、東日本大震災後に着任してからの1年8カ月の年月が走馬灯のように駆けめぐった。そこには、不自由な避難先での学校生活に耐え、全員で支え合いながら笑顔を取り戻していった、たくましい子どもの姿があった。
    ◇   ◇
 大熊中への赴任は震災から4カ月たった平成23年8月。驚きの連続だった。仮校舎となった旧会津学鳳高の床のタイルは至る所で剥がれ、磨いても落ちない汚れが無数にあった。校舎の1階には町役場会津若松出張所が入る。生活相談に訪れる町民であふれ、併設する体育館では支援物資を受け取る行列ができていた。
 着の身着のまま避難してきた子どもたちに、もちろん制服はない。着古された支援物資のシャツを着て通学する子どももいた。体育の授業は市内の運動施設や小学校の体育館を利用した。「原発事故がなければ、こんなにつらい思いをさせずに済んだはず...」。生徒を見るたびに、胸が苦しくなった。避難先の教育現場という特殊な環境の下で、自分自身の心も折れそうだった。
 しかし、赴任直後は暗い表情が多かった子どもたちに、次第に笑顔とあいさつが増えていった。今ある環境で精いっぱい頑張る-という前向きさが、いつの間にか戻ってきていた。
 「自分も負けられない」。生徒の存在が支えとなり、前を向く勇気が芽生えた。
    ◇   ◇
 大熊中の仮校舎は4月から、会津若松市一箕町の別の場所に校舎を移す。離任式に合わせて、保護者と生徒による大そうじが行われた。感謝の気持ちを込めて学校と保護者が企画した。
 黙々と床や窓ガラスを磨く教え子が頼もしく思えた。「君たちなら、大熊の復興をきっと成し遂げられる」。4月に着任するいわき市・豊間中では胸を張って伝えるつもりだ。「大熊っ子」の頑張りを。

カテゴリー:連載・今を生きる

思い出の詰まった校舎に感謝し、廊下の雑巾がけをする大熊中の生徒

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