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都路で3年ぶりに田植え 旧警戒区域で初

3年ぶりの田植えに臨む坪井久夫さん(左)と祐一さん=18日午前9時30分ごろ、田村市都路町

 東京電力福島第一原発事故の旧警戒区域では事故後初めてとなる、出荷を前提とした田植えが18日、田村市都路町の避難指示解除準備区域で始まった。
 「苗が田んぼに並ぶ姿は感無量だ」。3年ぶりの田植えに臨んだのは市内船引町の仮設住宅に避難する坪井久夫さん(62)。勤めていた畜産会社が原発事故で休業し、コメの作付けも制限されたため除染現場で働いてきた。水田除染の終了を機に作業員を辞め、以前の半分の2・5ヘクタールの水田で「ひとめぼれ」など3品種を栽培する。
 約8年前に田舎暮らし体験会で横浜市の消費者と知り合ったのを機に首都圏で顧客を増やしてきた。休作中も得意客から再開を期待する声が届いた。自分のコメを待つ人の存在が「作っても売れるのか」との不安を薄めてくれた。
 3月からは毎日未明に仮設住宅を出て、都路町までの片道40分を通う。朝夕の食事も自宅で取るが、宿泊は認められないため、夜には仮設住宅に戻る。通い農業だけに水の管理やイノシシの食害などの心配は募る。
 市によると、都路町の旧警戒区域で営農再開する農家は64戸・52ヘクタールのうち、坪井さんら3戸・6ヘクタールのみ。隣接する旧緊急時避難準備区域などを含めても719戸・499ヘクタールのうち、214戸・182ヘクタールと3割程度にとどまる。
 快晴に恵まれた18日は郡山市に住む長男祐一さん(37)ら子どもたちに加え、事故前からコメを買っていた男性や、非番の田村署員も協力してくれた。坪井さんは「安全でおいしいコメを作って、都路は作付けできる環境だと証明したい」と使命感を口にした。
 広野町や川内村の旧緊急時避難準備区域でも5月から田植えが進む一方、都路町以外の旧警戒区域では水田の除染が進んでいない。

カテゴリー:福島第一原発事故

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