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【葛尾の高齢者ら5人死亡事故から1年】 原発事故なければ 悲しみ癒えず、続く避難

仮設住宅で仏壇に線香を上げる松本義男さん

 東京電力福島第一原発事故により、葛尾村から三春町に避難していた高齢の女性ら5人が犠牲となった二本松市針道の交通事故から、9日で1年となった。双葉郡の復旧工事などに伴い、交通量が増大した国道で起きた悲劇。「原発事故さえなければ命を落とさずに済んだかもしれない...」。愛する家族を失った悲しみが癒えることはない。遺族は割り切れぬ思いを胸に、三春町などの仮設住宅での避難生活を続けている。

■謝罪を
 「かあちゃん、葛尾の土だ。ゆっくり休んでくれ」。
 松本義男さん(82)は5月4日、妻トシ子さん=当時(82)=の遺骨を葛尾村内の墓地に納めた。それ以来、夜は少しだけ眠れるようになった。
 原発事故に伴い避難先を転々とした後、一昨年夏に夫婦で三春町の仮設住宅に落ち着いた。葛尾の知人に囲まれ、心に落ち着きが出た直後の事故だった。
 あの日、義男さんは村に一時帰宅していた。仮設住宅に戻ると、警察から「奥さんが危篤です」の一報。二本松署で変わり果てたトシ子さんと対面した。
 義男さんは原発事故や交通事故のことは極力、考えないようにしてきた。心が切り刻まれるように痛むから。「原発事故さえなければ事故に遭うこともなかった。東電に謝罪してほしい」。静かに妻の遺影に手を合わせる毎日だ。

■返して
 三春町の仮設住宅で暮らす松本メリーさん(35)は、夫昭平さん(48)の母サツヨさん=当時(77)=を亡くした。優しかった義母を返してほしい。思い出があふれ、今でも涙が止まらない。
 メリーさんは平成16年7月、フィリピンから嫁いだ。慣れない異国の生活で、心の支えとなったのがサツヨさんだった。
 サツヨさんは車の免許を取るため、自動車学校に通う予定だった。小学校に通う孫の送迎のためだ。「孫に不便な思いをさせたくない」と言ってくれた。温かな言葉が耳から離れない。
 遺骨は昨年7月、葛尾村の墓に納骨した。「最後は葛尾で迎えたい」というサツヨさんの思いに応えた。「母が眠る場所でまた、家族一緒に暮らしたい」。

■誓い
 清野秀利さん(43)は8日、田村市船引町で母春子さん=当時(70)=の一周忌法要を営んだ。
 浪江町在住だった秀利さんは原発事故後、二本松市の仮設住宅に移った。葛尾村にいた春子さんに声を掛けたが、友達に囲まれた生活を望み、1人で三春町の仮設住宅に入居した。秀利さんは、仮設住宅に置いた春子さんの遺影に毎日の出来事を語り掛け誓う。「残された自分たちが、母さんの分まで懸命に生きる」

※二本松の8人死傷事故
 平成24年6月9日、二本松市針道の349号国道でワゴン車と大型トレーラーが正面衝突した。ワゴン車は南相馬市の眼科医院が送迎用に運行、同市の男性運転手=当時(70)=が運転し、同医院から三春町に戻る途中の70~80代=当時=の女性5人が乗っていた。このうち、ワゴン車の男性運転手と女性4人の計5人が死亡した。大型トレーラーの運転手と、同乗していた妻も軽傷を負った。女性5人は東京電力福島第一原発事故で葛尾村から三春町に避難していた。ワゴン車の運転手は東日本大震災の津波で被災した南相馬市内の避難者。大型トレーラーの夫婦は原発事故で飯舘村を離れ、南相馬市内で避難生活を送っていた。

カテゴリー:3.11大震災・断面

タンスの上に置かれた遺影に手を合わせる松本メリーさん

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