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気配り忘れぬ妻 家族思いの長女

■相馬市磯部 高戸正子さん(69)明美さん(43)

 家にはいつも、気配り上手の正子さんと家族思いの長女の明美さんがいた。「とにかく笑い声が絶えなかった」。正子さんの夫で漁師だった喜夫さん(73)は、家族3人で過ごした穏やかな日々を懐かしむ。
 正子さんは相馬市の学校給食調理員を長年勤めた。仕事で疲れていても、早朝からホッキ漁に向かう喜夫さんを笑顔で見送った。漁を終えて帰宅する夫の健康を第一に考え、栄養バランスの取れた昼食を毎朝欠かさず作り置きして出勤した。平成15年に退職後は庭で野菜作りに汗を流した。7年前、喜夫さんが漁で使うワイヤで左手首を切る大けがをし入院した。漁師を続けられなくなり落胆する喜夫さんを毎日泊まりがけで看病し、励ました。
 明美さんは相馬女(現相馬東)高を卒業後、市内の電化製品販売店で働いた。仕事熱心で、周囲から信頼されていた。喜夫さんの母の光代さん(故人)が脳梗塞で倒れた時は率先して介護に当たった。
 震災当日、正子さんと明美さん、喜夫さんは自宅にいた。大きな揺れを感じ、正子さんは自宅近くに1人で住んでいた高齢の知人女性の安否を気遣った。正子さんは喜夫さんに「おばあちゃんが無事かどうか見てきて」と頼んだ。喜夫さんにとって、これが正子さんと交わした最後の会話となった。喜夫さんは車で高台の女性宅に向かった。女性の無事を確認した直後、自宅が波にさらわれていくのを目の当たりにした。
 正子さんは震災から6日後、自宅から南西方向に1キロ程離れた場所で見つかった。明美さんは更に2日後、自宅から北に約3キロ離れた場所で発見された。喜夫さんは安置所の元アルプス電気社屋で2人と悲しみの対面をした。
 喜夫さんは現在、1人で市の災害公営住宅に住んでいる。まぶたには3人で食事を楽しむ光景が焼き付いている。愛する妻と1人娘を失った悲しみは今も癒えない。

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