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手料理自慢愛情深い夫 原ノ町駅助役、農業にも励む

■南相馬市小高区村上 松本久さん(49)

 海岸から約300メートル離れた南相馬市小高区の自宅の庭で、久さんは愛犬を連れて逃げようとしていた。「先に山に逃げてろ」。妻の明香(あきこ)さん(43)と娘3人に言って間もなく、大津波が久さんを襲った。「お父さん、お父さん」。明香さんらは裏山に通じる坂道から何度も叫んだ。
 「仕事熱心で、家族思いの夫でした」。明香さんの頬を涙が伝う。久さんは小高区に生まれ、双葉高を卒業後に旧国鉄に就職した。浜通りを中心に県内外の駅に勤務した。震災時はJR原ノ町駅助役で、兼業農家としてコメ作りにも励んだ。夜勤明けで帰宅し、2、3時間しか寝ずに農作業に汗を流すこともあった。
 家族との時間を大切にした。休日には自慢の料理を作り、テーブルを囲んだ。得意だったのはトマト入りのあんが掛かった卵焼きや、たこ焼き。料理を通して愛情を表現した。
 震災が起きた日は、小高中に通っていた次女の有香さん(17)の卒業式だった。久さんは休暇を取り、昼食を作って有香さんと明香さんの帰宅を待っていた。家族5人そろって食べた最後の食事は、久さん特製のラーメンだった。
 久さんは震災から約半月後、自宅から約5キロ離れた田んぼで見つかった。会津若松市にある会津学鳳高の体育館に娘と避難していた明香さんが、小高区の自宅の様子を見に戻った日だった。明香さんは「きょうは(久さんに)会える気がする」と感じていたという。安置所の南相馬市スポーツセンターに行くと、警察官から「先ほど発見されました」と、ひつぎを見せられた。中に、眠っているような久さんがいた。
 現在、長女の恵実さん(19)は仙台市の専門学校で学んでいる。有香さんは原町高敷地に仮設校舎を置く小高商高に南相馬市原町区の明香さんの実家から通学し、来春卒業を迎える。三女の友里さん(16)は福島市の福島商高の1年生。それぞれ新しい生活を送っている。明香さんは友里さんと福島市のアパートに住み、今月、新しい職場で仕事を始めた。「本当につらい経験だが、少しでも前に踏み出さないと」。有香さんらが通っていた福浦小の運動会でポーズを取る久さんが、遺影の中から後押ししてくれると信じている。

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