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放射線 放射性物質 Q&A 原爆の日の長崎について教えて

 広島、長崎の原爆では大量の放射線による犠牲者が多く出ました。現地では毎年追悼式典が行われ、今年も今月になって相次いで行われました。高村先生がいらっしゃる長崎での式典はどのように行われていますか。

【回答者】県放射線健康リスク管理アドバイザー長崎大教授 高村昇さん

■国内外の要人ら式典に出席死没者の冥福と平和を祈る

 昭和20年8月9日午前11時2分、長崎市浦上の上空約500メートルで1発の原子爆弾(原爆)がさく裂しました。すさまじい爆風と熱線に加え、ガンマ線や中性子線などの放射線によって大量の被ばくをした多くの市民が急性放射線障害に苦しみ、同年12月までに7万4000人余りの方が亡くなりました。
 負傷された7万4000人以上の方はかろうじて生き残ったものの、その後、放射線被ばくによる障害、特に白血病やがんなどの悪性腫瘍、さらにはケロイドや白内障などの後障害(こうしょうがい)に苦しむことになりました。
 長崎市では毎年8月9日、原爆死没者追悼祈念式典が、原爆が投下された地点からほど近い平和公園でしめやかに行われ、被爆者や遺族、それに国内外の要人ら多くの方が出席されています。本年は福島県からの出席もありました。
 長崎市長が行う平和宣言では、核兵器の廃絶と世界平和の実現を強く訴えます。原爆が投下された時間には、鐘やサイレンが鳴らされ、式典会場だけでなく、それぞれの家庭や職場で原爆死没者の冥福と恒久平和の実現を祈り、1分間の黙とうを行います。式典が終わったのちも、長崎は1日、祈りに包まれます。
 原爆投下から68年が経過し、長崎では被爆者の高齢化に伴う被爆体験の風化が大きな社会的問題になっています。今後、被爆体験を継承し、長崎を最後の原爆被爆地にするための取り組みを進めることが大きな課題だといえます。

カテゴリー:放射線・放射性物質Q&A

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