東日本大震災

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仲良い3世代家族 いつも明るく過ごす

■南相馬市原町区萱浜 今田久美子さん(46)昌吾さん(20)隆寛さん(16)祥子さん(10)春男さん(66)勝子さん(66)

 東日本大震災から11日で2年5カ月となる。大津波は大切な家族の命を奪った。亡くなった方々の人生と残された家族の思いを記す。
 南相馬市原町区の今田さん一家は三世代6人が津波の犠牲となった。「供養してやれるのは自分しかいない」。家族を失った芳槙(よしまさ)さん(47)は、今も思い続ける。亡くなったのは芳槙さんの妻の久美子さんと長男の昌吾さん、次男の隆寛さん、長女の祥子さん、父の春男さん、母の勝子さんの仲良し家族。芳槙さんはまだ家族を語る気持ちの整理がつかない。家族を引き裂いた「3・11」の様子を、久美子さんと親しかった近所の主婦の石田秀子さん(73)を通して振り返る。
 震災の大きな揺れの後、芳槙さんが大甕(おおみか)小の4年生だった祥子さんを迎えに行って戻り、自宅には家族7人全員がいた。地震で落ちた瓦や家財道具を整理していたところ、津波が押し寄せた。2階に上がる途中、春男さんが波にさらわれた。芳槙さんらは天井を壊して屋根に逃げた。屋根は波に押されて2つに割れ、久美子さんと勝子さんが流された。その後、第二波に襲われ、全員が流された。昌吾さん、隆寛さん、祥子さん、春男さんは翌12日に自宅近くで見つかった。祥子さんは昌吾さんに抱かれるようにしていた。久美子さんは約40日後に自宅近くで発見された。芳槙さんは意識がもうろうとしているところを消防団員に助けられた。勝子さんはまだ見つかっていない。
 久美子さんはいわき市生まれで、25歳の時に芳槙さんと結婚した。家事をこなし、春男さんと勝子さんの農作業の手伝いを手際よくこなした。手先が器用で子どもの本棚を自分で作り、近所付き合いも活発だった。礼儀正しく、石田さんが店でコーヒーをごちそうすると、お礼の手紙を送った。石田さんからもらった指輪を大事に指にはめていた。
 昌吾さんは原町高を卒業後、1度入学した大学をやめて志望していた青山学院大を再び受験し、合格したばかりだった。3月末には東京都内に引っ越す準備を進めていた。性格は真面目で何事にも先頭に立ってクラスを引っ張り、同級生に慕われていた。
 隆寛さんは仙台高専の1年生で自宅から通っていた。高専を卒業したらすぐに働き家族を支えたいと話していた。家の畑仕事もよく手伝った。
 祥子さんは明るい性格で、学校の人気者だった。ピアノや水泳、そろばんなどの習い事にも熱心だった。年の離れた昌吾さんを慕っていた。卒業する予定だった今年3月、祥子さんの卒業証書は芳槙さんが学校で受けた。
 春男さんと勝子さんは相馬農高の同級生で、おしどり夫婦として周囲に知られていた。「おいしい野菜を作る」と2人で朝から晩まで近くの畑で汗をかいていた。2人とも孫が大好きで、同居していた長男の芳槙さんの子どもたちにも優しかった。
 3度目のお盆。芳槙さんは、愛する家族の遺骨を置く南相馬市内に借りた住宅で静かに過ごすことにしている。


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