東日本大震災

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長沢節さんの美 凝縮 若松のアトリエ公開へ 「震災乗り越え夢を」

長沢節さんのアトリエを案内する、おいの長沢徹さん

 日本のファッションイラストレーターの草分けとして活躍した長沢節さん(1917~99年)の会津若松市錦町にある生家のアトリエが25日から初めて公開される。多くの作品や調度品が残り、自由と美を愛した息遣いが伝わる。公開を決めた遺族は「東日本大震災や東京電力福島第一原発事故の困難を乗り越えて夢を広げる本県の若者の力になってほしい」と願う。
 長沢さんは旧制会津中(現会津高)を卒業して東京の文化学院に進み、22歳の最年少で日本水彩画会の審査員を務めた。女性雑誌の挿絵にも取り組み、戦後、最新の服を着た細身の男女を躍動的に描いてスタイル画の第一人者となった。東京にセツ・モードセミナーを設立、デザイナーの花井幸子さんら多くの人材を育てた。
 アトリエは長沢さんが生まれ育った築百年以上の農家の小屋を改築し、平成3(1991)年に完成した。仕事の合間に訪れ、くつろいでいたという。自作を展示するギャラリーを1、2階に設け、現在は約20点のスタイル画やお気に入りだった風景を描いた水彩画などが掲げられている。
 ダイナミックな筆遣いで描かれた作品は、大人の男女が自由に、軽やかに時代を着こなす空気感が伝わる。コーヒー用のカウンター、ベッドや机、愛用の自転車が立て掛けられ、著書や雑誌も並ぶ。「私的美術館」として生前から非公開で、知人ら一部にのみ見せていた。
 現在は長沢さんのおい長沢徹さん(65)が隣に住み管理している。「おじはセツ・モードセミナーで口では教えず、すごい速さで絵を描き、自らの姿で教えていた。会津に帰省してもピンクの上着、靴下に細身のパンツといった服装で墓参りに行くなど、かっこよさを忘れなかった」と振り返る。
 今年7月、会津大短期大学部でグラフィックデザインを学ぶゼミの学生らが見学に訪れた。二年の園部里緒菜さん(19)は「色使いやポーズが印象的で現代に通じる。刺激になる」と声を弾ませた。喜ぶ様子に徹さんは「震災から立ち上がる福島県の若い人たちが生き方や未来を考えるきっかけになれば」と希望者に公開することにした。
 「ファッション界で時代を築いた方が会津から生まれたことを風化させないためにも、公開は意義がある」。ゼミを指導する高橋延昌准教授(42)は語る。
 若いころ長沢さんに憧れて美術を志したという市内の自営業、中丸正夫さん(70)は「パリコレにも通じる感覚を持った先駆者。多くの人に知ってほしい」と語り、アトリエを新たな文化資源として発信することを期待している。


 長沢節(ながさわ・せつ、本名・〓(日の下に舛)=のぼる) 水彩画家、ファッションイラストレーター、デザイナー、エッセイスト、ファッション評論家、映画評論家。独自のスタイル画で一世を風靡(ふうび)し、セツ・モードセミナーで後進を育成してファッション界に貢献した。独身を通し、男らしさ、女らしさにとらわれない自由・反骨のライフスタイルでも注目された。

■問い合わせ

 アトリエの場所は会津若松市錦町3の43で。原則として日曜日の午前中、事前に予約した人に無料で公開する。申し込み・問い合わせは長沢徹さん ファクスまたは電話0242(26)0834へ。

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